第47話 エピローグ

 白峰の父親が突如お店にやってきてから数日後。


 あれだけ殺伐とした空気が漂っていたコンシェルジュの店内では、いつもの日常が戻っていた。


 高校二年生は怒涛のスタートだったな、なんてことを思いながらふとガラス窓の向こうを見てみると、桜色に染まっていた景色も気づけば瑞々しい緑が広がっている。


「なあ翔太、あの子なんか雰囲気変わった?」


 窓際に飾っている観葉植物に水やりをしていた茜がふとそんなことを尋ねてきた。

 その視線の先にいるのは、現在接客中の白峰だ。

 どうやら相手のお客さんは椅子を探しに来たみたいで、白峰が先ほどから一生懸命に何かを提案している。


「このYチェアは私のお勧めの一脚で、デザイナーは北欧でも有名な――」


 淡々とした口調でお客さんに家具の説明をしている白峰。

 残念ながらあの時見せた笑顔は幻だったんじゃないかと疑ってしまうほど無表情で接客をしている彼女だが、それでも以前と比べると刺々しい感じは無くなっている。


 まあこれから一歩ずつといったところか……。


 俺はそんなことを思うと、茜に対して「さあ、どうなんだろうな」と適当に答えた。


「さあって、アンタが白峰の教育担当やろ」


「いやまあそうなんだけど……」


 幼なじみからの指摘に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。

 今現在も俺は白峰の教育係として、日々彼女に対してあれやこれやと教えることに奮闘している。

 だからこそあの時はそんな教え子を守るために必死で頭を下げて事なきを得たのだが、そのせいで白峰の父親に何やら目をつけられてしまったので、正直これからどうなっていくのかがちょっと怖い。……できればあんな修羅場はもう二度と経験したくないしな。


 などとつい数日前の出来事を思い返して一人苦笑していると、隣にいる茜が再び口を開く。


「それに白峰のやつ、翔太に対してもなんか最近態度変わったやん」


「え、そうか?」


 ふと尋ねられた言葉に、俺は小首を傾げた。

まあ確かに言われてみれば学校でも白峰の方から挨拶をするようになってきたし、お店で働いている時も荷物運びやら買い出しやらをよく頼まれるようになった……って、あれ? もしかして教育担当の俺の方がパシられてる?


 そんな危機感を感じて今後の白峰への指導方法を改めようかと考えていると、カランカランと鈴の音が愉快げに鳴る。


「おう翔太、今日も来てやったで!」


「今日も萩原くんのお勧めインテリアを教えてもらってもいいかな?」


 お店の入り口からそんな賑やかな声が聞こえてきたので視線を移せば、そこにいるのは最近お店によく来るようになった快人と、今日も眩しい笑顔を浮かべている水無瀬さんだ。


「お前な、また来たのかよ」


「ウチらの仕事の邪魔やからさっさと帰って」


「おい、なんで俺だけそんな嫌がられるねん!」


 俺と茜からのクレームに、両手を上げて快人がわざとらしくオーバーなリアクションを取ってくる。

 そんな自分たちの声に気付いたのか、今度は二階から親父が降りてきた。


「おっ、今日もまた随分と賑やかだな」


「いや笑い事じゃないから親父……」


 相変わらず呑気なことを言って愉快げに笑っている親父に対して、俺は呆れた声で言い返す。


「いいじゃないか翔太、お店は賑やかになった方がお客さんも来てくれるもんだ。いっそのこと二人もこのお店で働いてみないか?」


「「それたけは勘弁してっ」」


 親父のいきなりの妄言に俺と茜の声が思わず重なる。

 するとそんな自分たちを見て、「ほんと仲良しだねっ」と水無瀬さんがクスクスと笑う。


「学校でも白峰ちゃんと最近仲良しだし、萩原くんって毎日が楽しそうで羨ましいな!」


「……」


 水無瀬さんがふとそんな言葉を口にした瞬間、隣にいる茜からギロリと何やら殺気だった視線を向けられた。

 その瞬間俺は慌てて顔を逸らすと、この状況をどうやって乗り切ろうかと考える。

 すると直後、カランカランとちょうど良いタイミングで鈴の音が鳴った。


「いらっしゃいませ!」


 俺はこの場から逃げるかのようにガラス扉の方に向かって元気よく挨拶をする。

 視線の先に映るのは、このお店に置いてあるインテリアを興味津々に見つめながら店内を歩き始めたご新規のお客さん。


 さてさて、今日はどんなインテリアを接客しようかな。


 そんなことを思いながら俺はつい笑みをこぼすと、今度は一歩ずつお客さんの方へと近づいていく。

 その間背中から聞こえてくるのは、相変わらず賑やかでうるさい仲間たちの声。


 どうやらこれが、俺にとってのコンシェルジュの日常みたいだ。

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