第40話 すれ違い
男3人でわいわいガヤガヤと話し合った後、2人のツッコミ役に疲れてきた俺は途中で離脱して、川辺を歩いていた。
「ちゃんと楽しんでるのか?」
「……」
チェアに座りながら一人読書に勤しんでいた白峰に近づいてそんなことを尋ねると、相手がチラリとこちらを見上げる。
「まあ、ぼちぼちといったところね」
再び文庫本へと視線を戻して、そんな言葉を返してくる白峰。
その顔は相変わらずの無表情だったが、白峰の口からぼちぼちといった言葉が出てきたので、彼女なりにけっこう楽しんでくれているのだろう。
俺はそんなことを確認できてほっと息を吐き出すと、再び言葉を続ける。
「それなら白峰も川遊びに参加すれば良かったのに」
「参加するわけないでしょ」
どうして私があなたの前で水着にならなきゃいけないのよ、と今度はキリッとした目つきで白峰がこちらを睨みつけてくる。って、そんなこと言いながらちょっと恥ずかしそうに顔を赤くするのはやめてくれます? なんか余計なことを想像しちゃいそうなので。
などと煩悩を刺激されて危うく白峰の水着姿を想像しそうになった俺は、慌てて首を振り正気を取り戻す。
そしてわざとらしくゴホンと咳払いをして誤魔化していると、「まあでも……」と再び白峰が口を開いた。
「同世代の人たちとこんな風に出かけるのもたまには悪くないのかもね」
そんなことを言う白峰の視線の先には、相変わらず川遊びを楽しんでいる茜や水無瀬さん、そしていつの間にか一緒に遊んでいる快人の姿が映る。
「でも意外だったな。白峰はみんなでバーベキューとか出かけるのとか嫌いな人間だと思ってたんだけど」
「そうね。そもそも他人と関わること自体が嫌いだったから」
冷めた口調できっぱりとそんなことを言う白峰。
「じゃあなんで接客業なんてやろうと思ったんだよ」
「それは……」
こちらの質問に対して白峰が言葉を濁す。けれども彼女は諦めたようにため息を吐くと、ぼそりと口を開いた。
「あなたのお父さんが私の家に家具を運んでくれた時、『良かったらうちで働いてみないか?』って話しをしてくれたのよ」
川の水面を見つめながら、白峰がそんな言葉を漏らした。
やはりあの時親父は、すでに白峰に対して勧誘の話しをしていたようだ。
「もちろん最初は断ったわ。どうして自分が誘われたのか意味がわからなかったし、それに接客業なんて私にとって一番相性が悪い仕事だと思ったから」
でも……。と白峰はそこで一呼吸置く。
「お店に戻ってあなたや夏木さんのやり取りを見ていたり、みんなで一緒にご飯を食べている時にほんの少しだけ不思議な気持ちになったの。赤の他人とはいえ、今までの私にはあんな風に誰かと関わることなんてなかったから」
そう言ってから白峰はふっと小さく息を吐き出すと、その瞳を僅かに細めた。
「だから、確かめてみたかったの」
「え?」
白峰の呟いた言葉に、俺は無意識に声を漏らした。すると視線の先で、彼女の唇が再び静かに開く。
「あの時の気持ちが何だったのか。それにあなたや、あなたのお母さんが言っていたことがどういうことなのか」
「白峰……」
俺は話しを聞きながら、白峰の名前を呟いた。
きっと白峰は今、自分の気持ちと向き合おうとしているのだろう。
コンシェルジュのお店で働くことを通して、そしてインテリアに触れることで。
そんなことを思った俺が、「あのさ白峰……」と再び口を開こうとした瞬間だった。
自分の言葉を遮るかのように、ブルルルとどこからかスマホのバイブ音が鳴る。
「……」
「白峰?」
ポケットから取り出したスマホを見た瞬間、何故か険しい表情を浮かべた白峰。
そんな彼女に疑問を感じて声を掛けるも、白峰からの返答はない。
もしかしてイタズラ電話でもかかってきたのか、なんて呑気なことを考えていたら白峰がぼそりと言う。
「……お父さんからだわ」
小さく呟かれたその予想外の言葉に、俺は思わず目を丸くする。
そしてすぐに「出ないのか?」と言葉を投げかけたのだが、相手はスマホの画面を何度かタップした後、それをポケットへとしまう。
「もう気にする必要はないわ。電源は切ったし」
「いや気にするだろそれっ!」
実の父親に対してのあまりに冷たい対応に、俺はつい声を上げてツッコミを入れてしまう。
「お前な、いくら仲が良くないからって言っても連絡ぐらいは取っておいたほうがいいぞ」
「きっとお父さんも心配してるだろうし」と白峰のことを思って、ついそんな言葉を口にした直後だった。
俺の言葉を聞いた白峰がキッと鋭い目つきでこちらを睨んできた。
「べつにそんなことあなたに気にされる必要なんてないでしょ!」
先ほどまでの空気が一変。白峰の切り裂くような声音が辺りに響いた。
そのあまりの気迫に押されてしまい、俺はつい何も言えなくなってしまう。
これはマズイな……。
普段の十倍は怖い顔をしてこちらを睨みつけてくる白峰の姿を見て、ここはすぐに謝ったほうが良さそうだなと直感的に思った。
けれども残念ながら時すでに遅しで、白峰は静かに立ち上がるとこちらを見ることもなくこの場から離れていってしまったのだった。
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