第30話 水無瀬さん家 〜その1〜

 白峰と閉店後のコンシェルジュを一緒に過ごしてから数日経ったある日の午後。

  

 俺は仕事の依頼を受けて、とあるお客さんの家へと向かっていた。


「すっげ……」


 お客さんに案内されて目的の家へと辿り着いた直後、俺は思わずそんな声を漏らした。

 目の前に映るのは2階建ての一軒家。1階部分の外壁が白色なのに対して2階部分はまるで北欧のオシャレな家を感じさせるブルーグレー。周りにある一軒家と比較してもその大きさとデザインが頭ひとつ飛び抜けていることが一目瞭然でわかる。


「ごめんね、まさか萩原くんに来てもらうことになるとは全然思わなくて」


 申し訳なさそうな口調でそんな言葉を口にしたのは、最近よく学校でも話すようになった水無瀬さんだ。


 そう。今回のご依頼主とは彼女のことで、何故こんなことになっているのかと言えばほんの三十分前。「どうしてもお願いしたいことがあって」とまたも水無瀬さんがお店にやってきたのだ。

 話しを聞いたところ水無瀬さんが普段使っている勉強机に汚れがついてしまったらしく、それをメンテナンスできるかどうかの相談だった。


「昔からずっと使ってるお気に入りの机だからできれば綺麗にしてあげたくて」


 しゅんとした様子でそんなことを話していた水無瀬さん。

 デンマークでは家具を代々大切に使い続けるという風習があると聞いたことがあるのでおそらく水無瀬さんにもそんな精神が受け継がれているのだろう、なんてことを考えて感心していたら「翔太、お前がメンテナンスしに行ってやれ」と親父がサムズアップと共にいきなりそんなことを言ってきたせいで俺が直接水無瀬さんの家に行くことになってしまったのだ。


「……それで、なんでお前らまでついてきたんだよ」


 そんなことを呟いてチラリと後ろを振り返れば、そこには何故か茜と白峰の姿が。俺が水無瀬さんの家に行くと決まった瞬間、一緒に働いていたコイツらまで何故か付いてきたのだ。

 ちなみにお店のほうはというと、今は親父が一人で見てくれている。


「なんでって、そりゃあアンタが女の子の家行って変なことせーへんか見張るために決まってるやん」


「おいコラ茜、水無瀬さんの前で誤解を生むようなことを言うな!」


 慌ててそんなツッコミを返せば、どうやら水無瀬さんにはちゃんと冗談だと伝わっていたようで口元に手を当ててクスクスと笑ってくれていた。

 あと茜の発言に対して、「私も同じ考えだわ」とぼそりと呟いていた白峰さんも後でお説教だからなこんにゃろう!


 なんてことを思い二人のことをジト目で睨んでいた俺だったが、「それじゃあみなさんどうぞ」と言って家のドアを開けてくれた水無瀬さんの方へと向き直る。


 そして玄関へと足を一本踏み入れた瞬間――。


「おぉっ、これは!」


 玄関に入った途端、俺は思わず驚きの声をあげてしまう。

 それもそのはずで、俺たち四人が入っても十分な広さがある玄関の足元には手入れの行き届いた白タイルが広がっていて、造作で壁付けされている靴箱は落ち着きのあるネイビーブルーというオシャレなアクセントカラー。

 さらには靴箱の上にはデンマークでも人気がある陶器メーカーのフラワーベースなんかも飾られていたりして雑貨のチョイスも満点だ。


「さすが水無瀬さんの家だな! こんなにオシャレな家は初めてだ」


 思わず気合の入った声でそんなことを言えば「へへっ」と少し頬を赤くしてはにかむように笑う水無瀬さん。あぁ、やっぱり茜と白峰と違って絵に描いたような無垢な女の子ですな。


 水無瀬さんの純粋さに心癒されていたら、「早よ入れやっ」と後ろにいる茜に背中を思いっきり叩かれたので俺は慌てて靴を脱いだ。


「へぇ、床が無垢のオーク材とか内装もこだわってるんだな」


 廊下へと足を踏み入れるなり、今度は下を向きながらそんな言葉を呟いた。

 インテリアにこだわる人は家の内装にもこだわりを持つ人が多いと言うが、おそらく水無瀬さんのご両親もそういうタイプの人たちなのだろう。

 やっぱり無垢材の床は木目が綺麗だなぁ、なんて一人思い浸っていたら、「わたしの部屋は二階だよ」と言って水無瀬さんが階段を上がっていく。


「でもちょっと緊張するなぁ。わたし、自分の部屋に友達招待するの初めてだから」


「え、そうなの?」


 さらりと爆弾発言を落とされて、俺は階段を上がる足をピタリと止めてしまう。

 交友関係が広い水無瀬さんのことなのでよく家に友達を連れてきているのかと思ったのだが、どうやら俺たちが初めてだったらしい。


 ……というより、俺みたいなのが初めてでほんとに良かったのか?


 再び階段を上がりながら、心の中で思わずそんなことを呟く。

 ほらこう水無瀬さんみたいな可愛い女の子なら初めて家に招待する相手はやっぱり仲良しの女の子とか、それとも身も心も許せる彼氏とかの方が良いんじゃないのか? そう、ありのままの心と身体を見せることができる彼氏とか――。


 なんてことをぶつくさと頭の中で呟きながら水無瀬さんのあらぬ姿を想像しかけたところで、突然むぎゅっと背中に激痛が走った。


「アンタいまぜったい変なこと考えてるやろ?」


「いででっ! 考えてません! 考えてませんからつねるのだけはやめてっ!!」


 人様の家に来ていることも忘れて声を上げて振り返れば、茜がたいそう不機嫌そうに俺のことを睨んでいた。

 そしてその後ろからはさっきから黙っている白峰さんも何故か冷たい眼差しを向けてきているではないか。


 やはりこの二人を連れてきたことは間違いだったかと今さらになって後悔していると、「ここだよ」と言って水無瀬さんがドアの前で立ち止まる。


「ちょっと散らかってるかもしれないけど気にしないでね」


 そう言ってから水無瀬さんはドアノブを掴むと、ゆっくりとドアを開けていく。

 茜の部屋に入る時でさえいつからか多少の気恥ずかしさが生まれるようになったのに、これがクラスのアイドルの水無瀬さんの部屋となればまた別格。

 

 すました顔を浮かべながらも内心バクバクな俺の心境など一切知らない水無瀬さんはドアを開けると、「どうぞ入って」と笑顔で俺たちを案内する。


 するとそこには――。

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