第29話 売り場替え

 時はまた数日が経ち、コンシェルジュのお店では白峰もやっと一人で接客ができるようになってきていた。


 もろちん教育担当としてまだまだ指導しなければいけない課題は多々あるのだが、それでも一通り一人で接客ができるぐらいには接客スキルの方は身についてきたと思う。

 まあもともと根が真面目で努力家なので、この調子でいけばコンシェルジュのスタッフとして立派に成長してくれるだろう。


「ありがとうございました」


 店内にいた最後のお客さんがお店を出て行くのをお見送りした後、俺は店の入り口に『close』の札を出して本日のコンシェルジュの営業を終了した。


「さて、今日はここからが本番だぞ」


 ガラス扉に鍵を掛けると、レジの締め作業を行っていた白峰に向かって俺はそんなことを言う。

 普段であればお店の営業が終われば自分たちの仕事も終わりなのだが、今日はこれから売り場変更という重要な仕事がまだ残っている。


「その売り場変更って、具体的に何をするの?」


 早くもレジの締め作業を終わらせた白峰がこちらにやってきて尋ねてきた。……ってかコイツ、俺よりレジ締めの作業早くなってきたな。


 などと関係のないところで思わず対抗心を燃やしてしまった俺だったが、ゴホンとわざとらしく咳払いをすると再び教育担当者として真面目な顔つきに戻る。


「まあ売り場の変更っていうのはお店に展示している商品のコーディネートを変える作業のことだな」


 俺はそう言うと店内の光景をぐるりと見渡す。

雑貨にしろ家具にしろただお店に並べたら売れるというわけではない。


 もろちん接客をすることも大事なことだが、その商品をどんな風に展示して魅力的に見せるのかも同じくらい大切なこと。

 アウトレットのように特価品をとりあえず並べて売れるお店ならまだしも、個人経営の小さなお店だとお客さんが来てくれた時に、「なにこのお店すっごくオシャレっ!」と思ってもらえるようなインテリアのコーディネートでなければリピーターになってくれないのだ。


「それじゃあまずはこのダイニングテーブルのセットから変えてみるか」


 俺はそう言うと近くに展示しているウォールナットの木目が美しいテーブルを指差した。横幅が150センチほどあるそのテーブルには同じ素材で作られたシンプルなデザインのチェアが四脚合わせられている。


「さて白峰さん、ダイニングセットを変える上で大切なことは何でしょう?」


 少しでも興味を持ってもらおうと俺がクイズ形式でそんなことを尋ねれば、「知るわけないでしょ」と超素っ気ない返事が返ってきた。

 ……いやほんと、お客さんだけじゃなくて俺にももうちょっと優しく接してくれないかなこの教え子は。


 そんな文句をジト目に込めたところで白峰に届くわけもないので、俺は小さくため息を吐き出すと説明を続ける。


「ダイニングセットにしろリビングセットにしろ、展示する上で大切なことはちゃんと『シーン』を演出できてるかどうかだ」


「シーン?」


 俺の言葉に、白峰がこくりと首を傾げる。


「そう、シーンだ。ようはその売り場を見た時に『うわぁ、私もこんな生活してみたい!』って想像が膨らむような生活のワンシーンを演出できてるかどうかってことだよ」


 俺は白峰の方を見つめながらそんな話しを続ける。

 たとえばダイニングのシーンを作るのであれば、テーブルやチェアだけでなくペンダントランプやラグなどのアイテムも合わせてみたり、さらにいえばテーブルの上に食器や雑貨などをディスプレイすることによってよりリアルでオシャレな生活シーンを作り込む必要があるのだ。


「ということで、まずはこのダイニングテーブルに合わせるチェアを変えてみようと思います」


「チェアを変えるって、べつに今のままでも合ってるじゃない」


 何やら訝しむような声でそんな言葉を口にする白峰。俺はそんな白峰に向かってニヤリと笑みを浮かべる。


「甘いな白峰、たしかにこの組み合わせも悪くはないが最近のトレンドは椅子のデザインをバラバラにして合わせるのが流行りなんだよ」


 俺はそう言うとズボンのポケットからスマホを取り出してインスタのアプリを開いて白峰へと見せる。


「ほら、SNSでもけっこうそんな感じのレイアウトで写真をアップしてる人が多いだろ」


「……なんか違和感があるわね」


 証拠写真を突きつけても白峰はまだ疑っているようでその眉間の皺は寄ったままだった。

 これだから素人はインテリアの感性が無くて困る。


「まあとりあえずものは試しだ。俺たちも『このチェアこそオススメだ!』と思うものをそれぞれ合わせてみよう」


 そう言うと俺と白峰はそれぞれ店内の中を歩き回り、自分が気に入ったチェアを見つけることにした。


 そして俺が選んだのは、ドイツ老舗メーカーのトーネットが誇る名作チェアである『No13』。


 このチェアはなんと二百年もの前にデザインされたもので、世界で初めて曲げ木技術を駆使して作られた椅子としても有名なもの。現代でも世界中の家庭で愛用されているだけでなく、カフェなどのお店にも使用されている。

 ウォールナット材のテーブルともばっちりと合うそのデザインに俺が満足げに一人うんうんと頷いていると、白峰が何やらガラガラとキャスター音を響かせながら近寄ってきた。


「……おい待て白峰。なんでお前はそんなチェアを持ってきた?」


 一体どこから持ってきたのか、白峰が運んできたのはダイニングチェアではなく仕事や作業用に使うワーキングチェアだった。


「なんでって、こういう椅子の方が体に負担が少なくて座りやすいじゃない」


「バカやろう! どこのインテリアショップでダイニングテーブルにそんな椅子を合わせるスタッフがいるんだよ!」


「誰が馬鹿ですって?」


「すいません! 今のは言い過ぎました!」


 まるで暗殺者のような鋭い目で睨まれてしまい、ヒヨった俺はすぐさま謝った。


「いやでもな白峰……いくら座りやすいからってその選択はないだろ。もっとこうテーブルのデザインとピッタリ合うようなチェアじゃないと」


「いきなりそんなことを言われてもどんな椅子が合うのかなんてわからないわよ」


 俺の意見に、白峰がムスっとした態度で答える。

 こいつ見た目は美人で整ってるくせに、こういうセンスはほんと壊滅的なぐらい無いよなぁ。

 俺はそんなことを思いため息を吐き出しつつも再び話しを続ける。


「イメージしてみるんだよ。たとえばほら、自分が家族みんなで楽しく食事しているシーンを想像してみてだな――」


 そんなことを話し始めた直後だった。俺は自分の言葉が白峰に対して失言だったということに気づいて慌てて止めた。


「いやその……」


 ごめん、とまたも謝罪の言葉を口にしてしまう自分。すると今度は白峰が小さくため息を吐き出した。


「悪かったわね。家族みんなで楽しく食事なんてしたことがなくて」


 どこか諦めているかのような冷めた口調でそんなことを言う白峰。てっきりもっと怒られるかと思ったのだが、意外と穏やかだったことに対して俺はほっと肩を下ろした。


 その後も白峰とあーだこーだ言いながら互いにオススメのチェアを選んでいたのだが、全くと言っていいほど互いのこだわりが合わず、結局最終的にはもともとのコーディネートに戻ってしまったのだった。

 どうやら最近のトレンドを再現するには、俺たちの力だとまだまだ力不足でダメだったらしい。


「まあ色々試してみたけれど、この組み合わせがやっぱり一番オススメだということだな」


「……」


 何一つ変わっていないダイニングセットを前にして俺が負け惜しみにそんなことを言えば、白峰が黙ったままジト目を向けてくる。


「ねえ、いつもこんなことをやっているの?」


 少しの沈黙が流れた後、白峰が不意にそんなことを尋ねてきた。

 その言葉に俺は、「え?」と間の抜けた声で聞き返す。


「べつに家具なんてどれも同じじゃない。使い方が同じなら組み合わせを変えたりデザインにこだわる必要なんていらないと思うのだけど?」


 これぞ正論、と言わんばかりの強い口調で白峰がそんなことを聞いてきた。

 相変わらずインテリアの美徳を理解していない教え子を前にして、俺はやれやれといった具合にため息を吐き出した。


「たしかに白峰が言うことも一理あるが、デザインや組み合わせにこだわることで変わるものもあるだろ。たとえば部屋の雰囲気とか空気感もそうだし、全体的な見た目の印象だって全く違ってくる」


 俺は白峰に対して懇切丁寧にインテリアについての持論を説明していく。

 白峰の意見を全否定とまでは言わないが、それでもインテリアにこだわることで充実した時間を過ごすことができることは、今までこのお店に来てくれたお客さんが証明してくれている。


「何よりインテリアにこだわりを持つことで自分が過ごしやすく、そして幸せを感じる空間を作り出すことができるんだぞ!」


「でもそれって、ただの気持ちの問題じゃないの?」


「……」


 俺の熱弁を冷めた言葉でばっさりと切り落としてくる白峰。


 これは実際に体感してもらうほうが伝わりやすいか……。


 呆れた俺は内心でそんなことを呟くと、ふと外の景色を見てみた。

 時刻はすっかり九時を回っていて、ガラス扉の向かうには夜の闇が広がっている。


 俺はレジカウンターの中へと入ると、壁についてある店内スポットライト用のスイッチを消した。すると――。


 「これって……」


 先ほどまでとは違い、白峰がわずかに感嘆を含んだ声を漏らした。


 店内のスポットライトの光が消えて、今この空間を照らし出しているのは幻想的で温もりある輝きを放つペンダントランプたちだ。

 北欧のマスターピースともいえるPH5やデンマークの王室御用達ともなったレクリントの照明。

 さらに天然木を使ったアート的なデザインが美しいSECTOなど、インテリア好きなら誰もが一度は目にしたことがある名のある照明たちが店内を照らしている。


 そしてそんな輝きによって、展示されている家具や雑貨たちは一際そのデザインの美しさを同じく輝かせていた。


「インテリアにこだわる北欧だと家族が集う場所にだけ明かりを灯して家で過ごす時間を幸せなものにするらしい。それってつまり、インテリアには人を幸せにする力があるってことだろ」


「……」


 今度は白峰の方が俺の言葉を聞いて黙り込む。

 その伏せた瞳からは何を考えているかはわからないが、せっかく縁があってこの店で働くことになったのだから、できれば白峰にもそんな幸せを感じてほしいと俺は常々思っている。


 けれども自分の想いとは裏腹に、白峰は無表情のままどこか浮かない声音でぼそりと言った。


「……幸せなんて、私に聞かれてもわからないわよ」

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