第31話 水無瀬さん家 〜その2〜
「「おぉっ」」
二度目の衝撃は、先ほどこの家に足を踏み入れた時よりも大きかった。
さすがデンマークの血筋を持つ水無瀬さんの部屋というだけあって、そこに広がる光景はもはや高校生とは思えないほどハイセンスなものだった。
明らかに俺の部屋よりも広い空間には廊下と同じくオーク材のフローリング、そして左手の壁には外壁と同じブルーグレーのアクセントカラーが入っていてすでにこれだけでも北欧感がすごい。
さらには床材と同じオーク材で作られたベッドや勉強机、それにチェストはシンプルなデザインながらも洗礼された美しさがあり、長年大切に使われていることがわかるぐらいに木目も赤みがかかって経年変化している。
ちなみにチェストの上には写真立てやフレグランスなどの小物がバランス良く飾られているのでもはやそのセンスに感無量の一言。
まるでデンマークの部屋に訪れたかのような空間に一人大興奮していると、「うっ」と隣で茜が何やら悔しそうな声を漏らした。
「ま……まあまあオシャレやな」
「……」
うわー、コイツほんと負けず嫌いなやつだな。
素直に水無瀬さんのセンスを認めようとはしない幼なじみに俺は思わずジト目を向けてしまう。
まあ一応インテリアショップで働く店員として茜もそこは譲れないのだろう。
「たしかにまあまあね」
「おいっ、お前がそのセリフを言うか」
茜と同じく何故か対抗心を燃やしてきた白峰に向かって今度はつい反論してしまった。
するとすぐさま「何か問題でも?」と鋭い声音と視線が返ってきたので、チキンな俺はすいませんと言ってすぐに目を逸らしてしまう……ってほんと情けないなオイ。
そんなバカなやり取りを俺たちがしていたら、部屋の中を歩き始めた水無瀬さんが再び口を開いた。
「この机が汚れちゃったんだけど綺麗に戻せるかな?」
先ほどまでの明るい声音とは違い、少ししゅんとした口調で尋ねてきた水無瀬さん。その視線の先には教科書やノートなどが綺麗に整理整頓された勉強机がある。
そして机の天板を見てみると、たしかに一部分だけ輪っかのような染みが付いていた。
「あー『
「輪染み?」
俺の言葉を聞いて白峰と水無瀬さんが首を傾げた。
輪染みとは、木材の家具に水気のあるものを置いた時に付いてしまう染みのことだ。よく起こってしまうのは、ダイニングテーブルの上にコースターを使わずにコップを直接置いてしまい出来てしまうこと。
だからお店でもテーブルを販売する時にはそういった注意点も必ず説明するようにしている。
「やっぱり綺麗に戻すのは難しいかな?」
不安げな表情でそんなことを尋ねてくる水無瀬さん。
俺はそんな彼女のもとまで近づくと、指先で机の天板にそっと触れてみた。
「……いや、この勉強机は見たところ無垢材のオイル仕上げだからこれぐらいの輪染みなら綺麗に消すことができるぞ」
「ほんとに?」
俺の言葉に、水無瀬さんの表情がパッと明るくなる。そんな彼女に「ああ」と答えると、俺は手にしていた紙袋の中から紙ヤスリを取り出した。
「そんなもの何に使うの?」
「まあ見てろって」
今度は白峰からの質問にそう答えると、俺は躊躇なくその紙ヤスリで輪染みのついた天板を擦っていく。
「こうやって削ってると染みが徐々に消えてきて……」
そんなことを話しながら紙ヤスリで天板を削っていくと輪染みは少しずつ薄くなっていき、そして最後はほとんど目立たないぐらいにまで消えてしまった。
「すごい! 本当に綺麗になった!」
「へぇ、こんなメンテナンスの方法があるのね」
俺の作業を後ろで見ていた水無瀬さんと白峰が驚きの声をあげる。
ふふふ、どうだ見ただろ。これが磨きに磨き上げてきた俺のスキルの一つ、その名もペーパーサンド……。
「ちょっと翔太、紙やすりで削ったら終わりちゃうで」
「はいはいわかってますよ」
頭の中でオタクの快人みたいに決め台詞を考えていたら、隣から茜の邪魔が入ってきてしまい俺はすぐさま冷静に戻る。
そして今度は紙袋から布切れと一本のボトルを取り出した。
「これは何に使うの?」
ボトルを開けてその中身を布巾に染み込ませていると、またも水無瀬さんが不思議そうな声で尋ねてきた。
「これはオイル塗装の家具をメンテナンスする時に使う植物性のオイルだよ。これを塗ってあげることで乾燥によるひび割れを防いだり、木目のツヤ感を綺麗に保つことができるんだ」
「へぇ、そんなのがあるんだぁ」
俺の話しに水無瀬さんが興味津々といった具合にふむふむと頷いている。
天然木の家具は温度や湿度の変化に弱く、特にオイル仕上げやソープ仕上げといった家具はこういったメンテナンスを定期的に行うことが大切なのだ。
オイルを塗りこました布切れで机を拭いて手際よく作業を進めていると、何やら水無瀬さんがその青い瞳を輝かせながら俺のことを見つめてくる。
「こんなことできるとか、萩原くんってカッコいいね!」
「ああ、家具のことなら任せてくれ。困ったことがあればいつだって水無瀬さんの家に飛んでくるから」
クラスのアイドルである水無瀬さんが誉めてくれたので、俺はここぞとばかりにサムズアップを決める。
と、その直後。視界の隅で茜と白峰がやたらと怖い目で睨んでくることに気づいてしまい、俺はビビってそっと親指を降ろしたのだった。
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