第3話 イオリの副業

 わたしは、すべての謎が解けた。


 そりゃあ、拘束時間の長い会社なんてやめるよね。


「企業専属バーチャルYouTuberの、『ひぐま りおん』でーす」


 まったく勢いのない口調で、イオリが自己紹介をする。もうカメラも回っていないから、いいけど。


 ノートPCの画面では、ぬいぐるみのクマがイオリと同じようにしゃべっていた。ぬいぐるみを作る会社の、アバターらしい。企業専属になる際に、アバターもアップデートされたという。


「会社が、バーチャルアバターを作るなんてね。縁もゆかりもないのに」


 夕飯のカレーを用意しつつ、イオリに問いかける。


「元々は個人勢だったんだけど、Vのアバターがほしいって会社から打診があってさ、協力しているんだ」


 そもそも、会社をやめるに当たって懸念していたのは、クレジットカードの継続だった。

 いくら資産があるとはいえ、支払能力の有無を疑われるとクレカ申請が通らない可能性がある。

 そこで、バーチャルアバターを欲しがっていた会社と手を組んだらしい。


「イオリさんの秘書の、小林です。主に、イオリさんの税制や、給与態勢のサポート及び、スケジュール管理を担当しています」


 秘書と名乗る女性から、名刺をいただく。


大鶴オオツル 環奈カンナです。ご丁寧にどうも」


 わたしも、名刺を交換した。カレーも食べてもらう。


「おいしいです。お野菜がたっぷりで、健康にも気を使われていらして」


 Vとなると、どうしても時間が不規則になる。そのため健康面で、体調を崩すVが後をたたないという。


 何もしていなくても、人は病気になるのだ。むしろ何もしていないほうが、身体や精神を壊す。


 漫画家を目指してニートをやっていった時代を思い出し、わたしは健康には人一倍気を遣っているのだ。


「ご苦労なされているんですね」


「いえいえ。わたしよりがんばってる漫画家さんは、いっぱいいらっしゃいますので」


 ウェットティッシュで、冷や汗を拭う。


「イオリって、儲かってるんですか?」


「そうでもありません。個人勢当時から今に至るまで、利益は平凡でして」


 リアルだなあ。


「ですが彼女のフォロワーが、我が社のニーズにも合っていたので、打診してみたのです」


 フォロワーもろともその会社を好んでいたため、スムーズに話が進んだという。


「V活動は完全に副業だったんだけど、専属になることで『企業雇われ』って形になってるんだよ」


 いわばイオリのポジションは、会社持ちのゆるキャラに近い。


「でも、いいなあ。好きなことができるって」


「そのために、投資をがんばったからね」


 彼女にとって就職はクレジットカードの審査に通る手段であり、社会保険を受け取る目的でしかなかった。すべては、自分のしたいことをするため。


 そう考えると、イオリはかなりストイックな性格のようである。


「投資もね、漠然とやっているだけじゃ絶対に成功しないんだよ。やりたいことの時間を作るためにやるのか、老後に備えるのか。そのために必要な金額を先に算出して、逆算するんだよ」


 イオリが最初に目標としているのは、二〇〇〇万だった。実際に稼げたのは、それ以上だったが。


 手に入れた資産のうち、半分を使って家……というか土地ごとこの家を買う。残りはいまだに、運用を続けている。


「で、企業Vになっても、いただいているお金はすべて投資に回しているんだよ。そっちは、老後資金にしようかなって」


 イオリは完全インドア派なので、ゲームができれば幸せだという。友だちもゲームの向こう側にたくさんいるので、コミュニケーションには困っていない。


「ただ、リアルな友達がいないとボケるかなって思ってさ。それで、くすぶってたあんたにこえをかけたんだよね」


「わたしに?」


「あんたは、あの会社で終わるような子じゃない」


 そこまで買ってくれるなんて。


「でも、大変だよね。副業も」


 わたしの言葉に、「そうですね」と、イオリのマネージャーさんが相槌を打った。


 ちまたでは、『週三日バイトすれば楽してサイドFIREできる』と、FIRE達成者はうたっている。

 しかし、苦労をしない事業なんて、ひとつもない。


「たまたま、自身の事業がうまくいっただけです。ウチの社長も、ずっと口にしていますよ」


 イオリのマネージャーさんが、力説した。


「ですよねえ」


 金銭の先にお客さんがいる以上、どうしても仕事は大変になってしまうという。対人関係・クレーム・在庫管理・税金など。どういったストレスを許容できるかで、仕事を決めればいい。


「でもねルカ、この世には絶対に損をしない最強の投資先がある、って知ってる?」


「なに、その投資詐欺みたいな語り口?」


「サギじゃない。これは実践してみて、わかった」


 世話になっているVの社長から、教わった投資先だという。


 ますます怪しいじゃん。


「オルカンより確実で、儲けがヤバイの?」


「うん。ヤバイよ」


 ここに投資しておけば、絶対に損をしない。確実に利益が出る。幸せになれる、と。


「だんだんと、宗教じみてきた」


「そんな夢物語じゃないよ」


 おお、イオリの言葉がかなりガチめだ。


「その投資先はね……」


 イオリが、わたしの胸に指を押し当てる。


 なんだ? あんたより胸はないんだぞ。









「最強の投資先。それは、自分自身だよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る