第2話 基本は気絶投資

 職場の昼食時、誰とはなしに、投資の話をしている。


「えー。怖いー」


「投資なんてギャンブルじゃん」


 一応、貯金している人はいるみたい。でも、投資まで手を出す人は少なかった。しかも、インデックスファンドではなく、個別株の集中投資。爆死コースではないか。


 口座開設しても、NISAまでやっている人は全体で二〇%いるかいないかだという。

 

 

 帰宅後、ネット銀行とネット証券の、口座を開設した。



「えっと……名前を記入……大鶴オオツル 環奈カンナ……っと」


「あんた、そんな名前だったんだね? いつもルカって呼んでたから、知らなかった」


「……ねえイオリ。あんたどうやって、わたしの家を特定したん?」


「住所だけ」


 おおう。


 わたしはオオツ「ル」 「カ」ンナを縮めて、会社では「ルカ」と呼ばれている。

 同じカンナという名前の、先輩がいるからだ。

  投資ブームのせいか、わたしのことを「オルカン」とあだ名で呼ぶ人が増えた。


 ちなみに、隣りにいる恵比寿エビス 五百里イオリは、「SP500」と呼ばれていたのである。


 いくら投資に疎いわたしでも、その二つくらいは知ってらぁ。有名な投資信託でしょ?


「でも、どういう意味? 名前しか知らん」


「SP500は、全米株式。オルカンは、全世界株式。文字通りオールカントリーって意味」


 つまり、アメリカ全振りか、アメリカ半分強とその他の国、どっちの会社を少しずつ買うか。


 そう、漠然と覚えていればいいそうだ。


 投資先も、比率が違うだけで、投資信託先の銘柄は似たりよったりだという。


 わたしでも知っている海外の会社の株を、ちょっとずつ持てるそうだ。


「オルカンは分散し過ぎだから、SPがいいんじゃね?」って派と、「長期投資していたら、アメリカがいつ終わるかわからん」派がいる。


「実際バブルとか、日本がアメリカよりイケイケだったときもあったからねえ」


「きのこ・たけのこ戦争みたいだね?」


「わかりやすくいうと、そう。ぶっちゃけ不毛」


 わたしは投資のチャートなんて見る暇はないので、全世界株式オルカンを積み立て投資することにした。

 積み立てることで、値下がりしたときは安く買える。

 逆に、値上がりすぎている場合は、投資金額を抑えられるのだ。これを、ドルコスト平均法という。


「投資の基本は、気絶よ」


「気絶? 死ぬの?」


「実際に死ぬんじゃなくて、暴落が来ようがバク上げしようが、少額でいいから淡々と買い続けることが大事なんだよね」


 投資成績がよかった人の一位は、死んだ人だそうだ。第二位は、投資した事自体を忘れていた人らしい。


「で、FIREは目指すの?」


 仕事を完全にやめて、投資や不動産の収益だけで生活することを、FIREという。


「よくわからない。イオリは、どういうFIREなの?」


「サイドFIREかな?」


 FIREだけでも、五種類あるんだって。


 高水準な生活を送るファットFIRE、リタイアするのは一緒だけど、最低限の生活を送るリーンFIREもある。貧乏FIREとも。


「サイドFIREってのは、資産運用をメインの収入源にしつつ、副業で足りない部分を補うことだよ。バイトで生活費を賄うなら、バリスタFIREっていうんだよ」


 しかし、イオリの最終形態は「コーストFIRE」らしい。資産運用だけで生活でき、趣味の一環として仕事するスタイルを指す。


「いわゆる、ディレッタントってやつ? そういうのがやりたい」


 FIREっていっても、色々あるんだな。


「ルカは、どういうスタイルがお好み?」


 今の仕事はやめたいけど、仕事は続けたいと考えている。


「でも、ニートもいいかなーって思ってる自分もいるんだよねー」


 ここ最近、わたしは映画を見ていない。仕事が忙しすぎるからだ。時間が仕事で潰され、映画館どころか配信すら追いかけていなかった。


 かといって、倍速視聴ってのも味気ないし。


「今だと、月に一本見られたらいいほうだよ」


「十分じゃん」


「全然。月に二〇本見ないと、心が死ぬ」


 以前だったら、普通にそれくらい見られた。今は人が減りすぎて、映画どころではない。


 なので、今は時間の余裕が一番欲しいと感じる。


 なら、サイドかバリスタ型のFIREを目指すことになるのか。


「名義貸してあげるから、あんたが投資してくれない? ずっと家にいるんでしょ?」


「ダメよ。犯罪になる」


 他人のお金を代行で資産運用する、高齢の親の代わりに投資をするなどは、出資法違反なのだという。


「投資に関する助言も、金融商品取引法違反ってのに触れるらしいよ。けど、どこまでダメなのかはわかんないね」


 調べてみたが、ブログで簡単な発信くらいなら問題ないみたい。

 具体的な助言をして、人から報酬をもらったらダメのようだ。


 さすがに家主を、前科者にするワケにはいかない。


「あたしも、個別株は全然わかんないから、なにもアドバイスできないよ」


 基本、投資信託に気絶投資するのが、もっとも損をしないという。


 なら、それでいいか。

 

 

 翌日、会社から帰ったときだ。


 また今日も残業で、お夕飯を作れていない。朝とお昼のお弁当は作ったのだが。


「ごめんね。こんなときに遅くまで開いてるスーパーがあって便利。郊外最高かよ……って?」


 玄関に、靴が二つある。一つはイオリとすぐにわかるが、革靴まであった。しかも女性用だ、これ。


「あっあっあっ! らめえ!」


 リビングから、妙な声が聞こえてきた。


「あれ? イオリ? なんかあった? お客さん?」


「んほーっ!」


 嬌声オホ声まで、放っているではないか。

「イオリ!?」


 まさかイオリの副業って、革靴のお相手とイタすことなのでは? 


 今トレンドの副業といえば、フードデリバリーだ。


 デリはデリでも、別のデリか!? しかも自分の家で、女性を相手に?


「ちょっと! 大丈夫なのイオ……」


「あ、おかえりルカ」


 リビングでイオリが、ゲームのコントローラーを握りしめていた。


 六〇型テレビの画面で、イオリが運転しているらしきゴーカートが、「いえふー」と叫びながら奈落に落ちていく。


 イオリの隣では、女性スタッフらしき女性が座っていた。スマホとノートPCを駆使してコメントのチェックをしている。

 

 イオリの副業とは、バーチャルYouTuberだったのか。

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