流転的で転落的なハッピーエンドに、
八月二十四日日曜日、優しい朝日で眼が醒める。
デジタル時計は午前七時を示している。
「あぁ、起きるのつらい……」
今は夏休みだから、昼くらいまでなら寝過ごしても問題はない。しかし、今日はしないといけないことがあった。
「起きなきゃ……んん……」
軽く欠伸をしながら、大きく伸びをして、ベッドから降りる。
明日は幼なじみ──
だが、まだプレゼントを決められていない。つまり、今日中に買わなくちゃならない。
「んー……」
微睡む眼を優しく擦って、顔を洗うために階段に向かった。
「いってきま〜す」
「気を付けなさいね〜」
浅く履いたスニーカーの爪先を床に打ち付け、とんとんと深く履き直しながら、お母さんにいつもの断りを入れる。そして、脚早にドアを開けた。
「もう暑くないわね……」
眩しい朝日に眼を細め、呟く。
夏休みが始まったばかりの日は、ゆめといっしょに暑い暑いと零していたが、八月下旬ともなると秋の気候が見え隠れしてくる。今年は過ごしやすくなりそうだ。
「……さ、なにをプレゼントしようかしらね……」
八月上旬から悩み続けて、ついに明日に迫った幼なじみの誕生日。
去年はかわいいネックレス。一昨年は欲しがっていたぬいぐるみ。その前は青いワンピースだったかな。
毎年恒例となっている誕生日プレゼント。形に残るものがいいと思っているから、食べ物をプレゼントしたことはない。
ゆめも同じ気持ちなのか、私の誕生日にゆめから食べ物をプレゼントされたことはない。
ただ、そのせいでプレゼントがネタ切れ気味だ。今日中にいいものが見つかるといいのだけれど。
スマホのメモアプリを立ち上げる。昨日までに出向いたところにはマルのマークを付けているから、まだ行っていないところがわかりやすい。
まだ行っていないところは。駅近くの雑貨屋だけのようだ。
「よしっ」
今日こそはプレゼントを見つけなくてはと覚悟を決め、駅の方に向かって歩を進めた。
「これはアロマグッズ……こっちは香水ね……」
雑貨屋に来て、早一時間。当の私は未だに決めかねている。
雑貨屋ということでかわいい小物とかも候補に上がるけれど、彼女の部屋はよく散らかっているので、それだと失くしてしまう可能性がある。
だからと言ってアロマや香水を選んでも、そちらは使えばいつかは底が尽く。
「うぅ、だめね……見つからないわ……」
駅周辺のお店や近くのショッピングモールはあらかた見尽くしてしまったし、ここが最後の希望だったのに。
もうここに居ても意味がない。小さな逡巡を乗り換え、私は雑貨屋を後にした。
「はぁ、見つからない……」
雑貨屋を出てから、二時間が経った今。適当に入ったカフェの中で、私は項垂れていた。
雑貨屋を出た後は、確認し終えた店に入っては出て、入っては出ての繰り返し。結局、これがいいと私に訴えかけてくれるものはなかった。
「時間の無駄だったわね……」
このままだと、なにもプレゼントできなくなってしまう。
……ゆめなら、そこまで気にしなさそうではある。それどころか、いっしょに探そうよなんて言ってくれそうだ。
でも、私としては自力で探したプレゼントを渡したい。それに毎年、ゆめから素晴らしいプレゼントを受け取っているのだ。
今年だって、ゆめは最高のプレゼントを──。
「……あっ、その手があったわね……‼︎」
ふと、思い付いた。そのまま、コーヒーの紙コップを握り潰す勢いで立ち上がる。
……一部の周りから冷たい視線を向けられて、大人しく席に座る。でも、興奮が抑えられずにいた。
どうして気が付かなかったんだろう。
今年はついにあのプレゼントをもらったのだから、私だってそれのお返ししても問題ないはずだ。
「よしっ、そうと決まれば……!」
興奮はそこそこに立ち上がり、明日の準備を万全にするべく、脚早にレジへ向かった。
ふわふわの雲に包まれているような感覚。
それはある日のフラッシュバックだった。
『誕生日おめでとう! うつつ!』
『ふふ、ありがとう。今回はなにをくれるのかしら?』
『聞いて驚くなかれ! 今回は、なんと……わたしをプレゼント!』
『……ついに来るところまで来た感じね』
『さあさあ、今日はなにをご所望かな?』
『……じゃあ、いっしょにケーキ作らない?』
『おお! 初めての共同作業ってやつだね?』
『何回あるのよ。その初めて』
『いっしょに生きてけば、何度だってあるよ?』
『……それもそうね』
『でしょ? だから、わたしとうつつは死ぬまでいっしょ! たくさんの初めて、経験したいもんね〜?』
『ふふ、否定はしないわ』
私とゆめは死ぬまでいっしょを誓った仲、謂わば運命共同体。幼なじみという関係を超えた幼なじみだ。
ずっとずっと、いっしょに生きていく。互いに支え合って生きていく。いつまでもいつまでも。
世界で一番大好きよ、ゆめ──。
八月二十五日月曜日、なにかの重みで眼を覚ます。
「おはよ。ねぼすけさん?」
「んぇ……? ……はっ、ゆめっ⁉︎」
朝起きたら、眼の前に幼なじみがいた。
どこかむすっとした表情でこちらを見つめるゆめ。反射的にデジタル時計を確認した。
「も、もう十時……⁉︎」
「今日の集合は九時だって言ったでしょー! もー‼︎」
私のへそあたりに跨って、肩をとんとんと叩くゆめ。振動がちょっぴり痛い。
「ご、ごめんなさいっ。張り切り過ぎて、あんまり眠れなかったのよ……」
思わず、口から出任せで乗り切ろうと試みる。しかし。
「それ言い訳! うつつのばかー!」
「あ、あはは……」
今度は眼を逸らし、なんとか笑って誤魔化そうと試みる。
「笑って誤魔化さないの! もう、思わずうつつのところまで来ちゃったんじゃん」
「ま、まあまあ……。とりあえず、これで集合ってことにしない……?」
「……その代わり、まず顔を洗ってくること!」
「はぁい……」
ゆめに促されて、さっさと下の階を目指した。
「それでさ、今日は誕生日だし……早くプレゼントがほしいなー?」
「はいはい」
洗顔と歯磨きをして私の部屋へ戻ると、いきなりそんなことを言われた。
相変わらず、素直なゆめだ。
「今年の誕生日プレゼントはね……」
「なになに? もったいぶらずに早くー!」
「…………私を一日好きにしていい権利、よ!」
「おおー」
……反応が薄い。
もしかして、期待はずれだったのかもしれない……。もしくは、寝坊したのをまだ根に持っているのか。
「え、えーと……寝坊したのは、その、謝るわ……。だから、その……」
「…………なんちゃって。とってもうれしいよ、うつつ‼︎」
「ひゃっ、ちょ、ちょっともう……」
勢いよく抱きつかれて、そのままカーペットに倒れ込んでしまった。
視線の先には、照明の光を遮るようにゆめの顔がある。いつも通りのかわいい整った顔立ちだ。
「ふふ、それじゃあさっそく使っちゃおっかな。うつつを好きにしていい権利!」
「……ま、言ったからにはなんでもいいわよ。幸せなことでも、不幸なことでも、いっしょに付き合ってあげる」
「ふ〜ん……? じゃあねぇ……」
そう言うと、ポケットをごそごそといじり始めるゆめ。しばらくすると、長方形の紙のようなものを取り出した。
「それ、なに?」
「ふふ〜ん、これはね……! スイーツバイキングと遊園地、それぞれのペアチケットだよ!」
自慢げに見せびらかされた二枚の紙。そこには、学校でも人気になっていた洋菓子店の名前、そして二駅先にある遊園地の名前が書かれていた。
「さて、だれかさんが寝坊してくれたおかげで、早くしないとどっちも楽しめなくなっちゃうなぁ〜?」
「も、もう大丈夫よ! 昨日までにデートの準備は済ませているから、出発できるわ!」
「……じゃ、さっそく行こ?」
おなかに跨るのをやめ、私に手を伸ばすゆめ。その手を受け取り、カーペットから起き上がった。
「ふふん。今日はわたしのサプライズプレゼントもあるからね!」
にこにこと笑いながら、眼の前でそう宣言された。まったく、ゆめらしい。
「ふふ、言っちゃったらサプライズにならないわよ?」
「……あ。い、今の忘れておいてね!」
「じゃ、私のことも精いっぱい楽しませてよね?」
「それには自信あるよ! 任せておいて‼︎」
会話も程々にしながら、照明を落として部屋を後にする。
午前十時三十分、少し遅めのゆめとのデートが幕を開けた。
午前十一時三十分、徒歩と電車に揺られていた時間もあり、家を出てから一時間も経っていた。
そして今、私たちの眼の前には目的のひとつ、スイーツバイキングの洋菓子店があった。
「着いた! スイーツバイキング!」
「いい匂いがするわね……」
そういえば、寝坊したせいで朝ごはんを食べていない。おなかもぺこぺこだ。
「そうでしょ? 遊園地からも近いし、まずはここでスイーツいっぱい食べよ!」
「きょ、今日ばっかりは、体重なんて気にせず食べちゃおうかしら……」
「ふふ、たくさん食べよ? それはもう、おなかいっぱいにねぇ?」
ゆめの悪魔の囁きにおなかが反応してしまいそうだ。
おなかが鳴りそうになるのを必死で我慢し、洋菓子店のおしゃれな洋風の扉を二人でひらいた。
「見て、うつつ! スイーツ全種類持ってきちゃった!」
大きなお皿を埋め尽くさんとする、ひとくちサイズのスイーツの群れ。思わず、眼線が釘付けになってしまう。
「ご、豪勢ね……! こんなにたくさん食べられるなんて、天国だわ……!」
「ほんとほんと! ……あ、でもおなかは少し空けておいてね?」
「え? どうしてよ?」
私には負けるけれど、私と同じくらいスイーツに眼がないゆめとは思えない発言だ。私が食べ過ぎて太ることを危惧して言っているのなら、余計なお世話だ。
ゆめは続ける。
「だって、夜はお母さんのハンバーグがあるんだもん! 食べられなくなったら困るよっ!」
「ああ、そういうこと」
そうだった。ゆめの誕生日には、必ずディナーにハンバーグが出るのが恒例だった。
ゆめの大好物だから、ちゃんと食べられるようにおなかを空けておきたいようだ。
「もちろん、うつつも来るよね?」
「当たり前よ。というか、どうせ私の分の夕食も、お母さんに頼んでおいてるんでしょ?」
「ご名答〜♪」
にひひといたずらっぽく笑うゆめ。
元来いたずら好きだからか、その表情がよく似合っている。
「さ、時間は短いわ。早く食べましょ」
「それもそうだね! じゃ、いただきますっ」
「いただきます」
食事の合図とともに彼女がチーズケーキを口にし、それを見て私も抹茶ケーキを口にする。
食べた途端にまろやかな甘さと抹茶のほろ苦さが口に広がった。流石、洋菓子店のスイーツは違う。
そんな最高のスイーツを、大好きな幼なじみといっしょに食べる。
……最高の時間だ。
「えへ、おいしいねっ」
「ええ。ほんとね」
その後もたくさんのスイーツに舌鼓を打ちながら、話に花を咲かせ、スイーツオンリーの大満足ランチを過ごした。
午後四時四十分、遊園地前。
スイーツバイキングを堪能し終えた私たちは、その脚で近くのショッピングモールへ。予定になかったウィンドウショッピングを楽しむことになった。
そのおかげで二つ目の目的を前にして、すでにこんな時間になってしまっていた。
「営業してるアトラクション、少なくなっちゃったわね……」
「ジェットコースターも閉まっちゃったし、どうしよっか」
ここに来るときには、いつものように乗っているジェットコースターはすでに営業を終了していた。
まだ営業しているお化け屋敷はゆめが嫌がるし、メリーゴーラウンドは今の歳だと少し恥ずかしい。
他のアトラクションは軒並み閉まっているし、どうしたものか。
「……ねね、観覧車やってるよ。観覧車乗ろうよ」
斜め上先の観覧車に向かって、指を指すゆめ。
夕陽を背に、ぐるぐると回り続けている観覧車。そういえば、最近は乗ってなかった気がする。
「それがよさそうね」
ひとがまばらになった夕暮れの遊園地。どこか物悲しい雰囲気を放つ観覧車に、二つの影を侍らせて向かった。
「わー、懐かしいなぁ。昔はよく乗ったよねぇ」
「そうね。もう何年乗ってないんだっけ? ……それにしても、なんだか狭いわ」
少し狭くなったゴンドラの中で、幼なじみと語らい合う。こういう狭い空間は慣れないけれど、ゆめといっしょなら悪くないかもしれない。
ガタゴトと音が鳴るたび、地上が遠ざかり空が近寄ってくる。
今、他のゴンドラにはひとはいないらしい。この天空のプライベートルームを貸し切り状態だなんて、贅沢なものだ。こんな時間にも来た甲斐があった。
「そろそろ頂上だよっ」
「はしゃがないの。危ないでしょ?」
「は〜い」
立ち上がろうとするゆめを言葉で制し、留まらせる。
そんな行動とは裏腹に、私は反対のゆめの席に移ろうとしていた。
「あっ、動いたら危ないってそっちが言ったくせに」
「私はいいの」
不満げに私を睨むゆめをスルーして、ゆめの隣に腰を下ろす。
ふと、ゆめの爽やかな甘香が私の鼻をくすぐった。
「……そんなにわたしが好き?」
頂上に差し掛かるあたりで、不意に私の肩に頭を預けるゆめ。表情は見えなかった。
まったくもう、幼なじみはいじわるなやつだ。
「ふふ、どうかしらね」
私もいじわるに返す。
こう言ったものの、ゆめのことが好きだということには変わらない。その好きがゆめと同じであるかはわからないけれど、とにかくゆめは好き。
「…………あ、頂上だよ。夕陽がきれい……」
つんつんと脇腹を突き、そう言ってくる。
ゆめに倣って、私も横を見る。
「……真っ赤ね」
「うん。真っ赤っか」
曇り空の隙間から私たちを照らす赤い陽の光。
私とゆめを包み込んでくれるあたたかさ。しかし、灰色の雲が遮っているせいでちょっぴり物足りない。
「……ねえ、うつつ。私たち、これからもいっしょだよね?」
「なによ。急に」
頂上を過ぎ、夕陽の熱が去った頃、急にそんなことを告げられた。
そんなのわかり切っている。それにこれからもいっしょだって約束したのは、ゆめが先だったろうに。
「……一生いっしょ、なんでしょ? なら、死ぬまでゆめの隣にいてあげる」
「……えへへ、そっか」
私の応えに満足したのか、ぐぐぐっと私に近寄り、全体重を委ねてくる。
そんなゆめに愛おしさを覚えて、ぎゅうっと抱きしめる。頂上で感じた夕陽の熱よりもあたたかい熱。私の大好きな熱だ。
「……ね、約束。死ぬまでずっといっしょにいようね?」
「……ええ、約束よ」
「えへへ……」
満足げなゆめの様子。表情が見えなくても、わかる。きっと緩み切った笑顔なんだろう。
そんなゆめがさらに愛おしくて、ゴンドラが地上に着くまでの間、必死に必死に彼女の熱を逃がさないように抱きしめた。
「へくしっ……。うぅ、天気悪いね」
「そうね。風邪ひいちゃうわ」
観覧車の語らいを終え、今は駅に向かって歩いている。
観覧車の頂上から見えていた夕陽は、灰雲の後ろに隠れてしまっていた。これはひと雨降るかもしれない。
「……あっ、そうだ。サプライズプレゼント、忘れてくれた?」
「……今ので想い出したわ」
「あっ……! や、やっぱり忘れて!」
ほんと、ゆめはおっちょこちょいだ。私もうっかり忘れていたのだから、言わなければサプライズを演出できていたのに。
まあ、ゆめのそういう正直なところが好きなんだけれど。
「楽しみだなぁ、ハンバーグ……!」
「相変わらずね。……ほら、手貸して」
顔を綻ばせているゆめに手を差し伸べる。
その行動にぴんと来ていないゆめに向かって、続ける。
「食べたいんでしょ? だったら、早く帰らないと」
「そ、そっか。そうだよね……!」
そう納得して、朗らかな笑顔を浮かべ、私の手を握るゆめ。
大好きなゆめの笑顔。心が満たされる。
……でも、なぜかその笑顔が、ひどく寂しげなものに見えてしまった。
「どうかした?」
「う、ううん……ただね……」
真剣な面持ちで私の方を向くゆめ。
しばらくすると、なにかを言いたいのか、ゆめが口をひらいた。
「………………かな、って」
「え?」
先まではなかった強い風がゆめの言葉を遮る。
私には薄っすらとしか聞こえなかったが、こう言っていた気がした。
次もまた、いっしょに生きられるかな──。
「……ううん。なんでもない。……さ、帰ろ!」
「う、うん……?」
満面の笑みを浮かべて、私を見つめるゆめ。
その瞳の前にはなにも言えず、どういう意図でそんなことを言ったのかという疑問は、水に流され帰ったは来なかった。
一抹の不安を抱えて、駅に辿り着く。
電車を待っている間、ゆめはずっと不安定な寂しげな笑みをし続けていた。苦しそうだった。
数分後、到着した電車の片隅に座り、扉が閉まるのを待つ。私もゆめもそわそわしていて、会話を交わせなかった。
ふと、眼の前を見やる。そこに広がる駅のホームがなぜか恋しい。帰りたくないと思ってしまった。
けれど、私はそのまま扉が閉まるのを、ぼんやりと見逃した。その行動に、私はひどく後悔するのだった。
⦅続⦆
不変的で惰性的なトゥルーエンドを。 doracre @DoRayAki_CRE-9
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