第16話

 ――戦いを終えた帰り道。

 俺と小林こばやしは吊革につかまって地下鉄に揺られていた。


「……小林、一つわからないことがある。2ゲーム目のしょぱな、お前が『ダウト』を成功させたのは偶然だったのか?」


 2ゲーム目、小林は先攻を選択した服部はっとりに対してまさかの初手「ダウト」コールで勝利した。

 だが小林はマジックミラーの仕掛けを看破してはいたものの、服部の手札を知る術はなかった筈だ。


「ふん、偶然なわけがなかろう。私は真剣に勝負に臨むとき、運に頼って勝つなどという方法は絶対にとらない。私が勝ったときは、勝つべくして勝ったときだけだ。2ゲーム目に私がやったことをよく思い出してみろ」


 ――2ゲーム目に小林がやったこと。

 先攻後攻を決めた後、マッチに火をつけてあまりのトランプを全て燃やした。


「……だが、あれは3ゲーム目に服部を嵌める為の布石だろう?」


 3ゲーム目、小林は服部が「ダウト」をコールすることを見越して、隠し持っていた手札にない筈の♢5のカードを出した。

 このとき、もしもあまりカードが残っていたなら、♢5が二枚あることが発覚し、小林は自身がイカサマをしたことへの言い逃れができなくなっていただろう。

 逆にあまりカードが残っていなければ、服部が小林のイカサマを告発するには、自身がスマホで撮影したあまりカードの画像を晒さなくてはならなくなる。


「優れた戦略というのは、一つの行動で複数の効果をもたらすものなのだ。服部はマジックミラーの下からあまりカードを覗き見していた。マジックミラーということは、明るい側から見れば当然、鏡のように光を反射するということだ」


「……あ」


 そうか。小林はあまりカードを纏めて灰皿に入れるときに、テーブルに映り込んだカードの数字を見ていたのだ。


「服部は自分のイカサマにかまけて、スマホの画面ばかり見ていた。そんな服部の目を盗んであまりカードを覗くことは実に容易かったぞ。全てのカードとはいかないまでも、半分程度なら余裕で覗き見れた」


「……それじゃあ3ゲーム目に♢5を出したのも?」


「当然、あまりカードの中に♢5があることを確認したからだ。そうでなければ幾らあまりカードを燃やしても、服部の手札にあるカードを出してしまったら一巻の終わりだからな」


「…………」


 ――あくまでも運の要素を排除した戦い方。


 勝つべくして勝つとはそういう意味だったのだ。


「だが小林、服部のイカサマのタネがわかっていたのなら、何もお前がイカサマしてまで即死ダウトの勝負につき合う必要はなかったんじゃないか? イカサマの現行犯、スマホでテーブルの下からカードを撮影している瞬間を押さえれば、流石の服部も観念しただろう」


「……はァー。鏑木かぶらき、お前は何もわかってない」

 小林はそう言うと、肩を竦めて溜息を吐く。


「……え? まだ何かあるのか?」


「ただ相手のイカサマを暴くだけでは面白くないだろうが。そのイカサマを逆に利用した上で破ってこそ、相手のプライドをズタズタに引き裂けるのではないか。私はその瞬間が堪らなく好きなのだ」


「……それはそれは。大変結構な趣味をお持ちで」


 ――少女探偵・小林こえとは、こういう奴なのだ。

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