第15話

 ――あり得ないことが起きていた。


 これまでに一度も「ダウト」を外したことがない服部はっとりが、ここでまさかの「ダウト」失敗。


 五十万円を賭けた大勝負の行方は小林こばやしこえに軍配が上がった。


「……ま、待て。こんなの認められるか!! イカサマだ!! そうに決まっているッ!!」


「おやおや、自分が負けたからといって言いがかりをつけるだなんて、見苦しいですよ服部さん」


 小林は服部を見ながらニヤニヤと勝ち誇ったように笑っている。


「やかましい、お前がイカサマをしたことはわかっている!! 服のどこかにトランプを隠し持っている筈だ!! そうだろう?」


「そんなことを言って、私のスカートの中を調べるつもりですね。服部さん、意外とエッチなんですね」


 服部をジト目で睨む小林。


「……ち、違う!! 俺はただお前の不正を指摘しているだけでだな……」


「でしたら何故私がトランプを隠し持っていると考えたのか、その根拠を教えてください。でなければ、貴方の指摘はただの言いがかりです」


「……ぐッ」


 すると、さっきまでイカサマだと騒ぎ立てていた服部が急に黙り込んでしまう。


「まァ、当然そんなことできませんよね。それを話すには、まずは自分の使ったイカサマを説明しなくてはならないのですから」


「……服部が使ったイカサマ?」


「1ゲーム目、私は手札にちゃんとその数字があるにも関わらず、あえて宣言した数とは別の数のカードを場に出した。しかし、服部さんはこれをスルー。念の為もう一度同じことを試してみましたが、やはり反応はない。服部さんが『ダウト』をコールしたのは、私の手札になかった5の数字を宣言したときだけでした。

 ここからわかることは、服部さんは何らかの方法で私の手札を知っていたということと、実際に私が出したカードが何だったかまでは知らなかったということです」


「…………」


 なるほど。小林のあの奇行は服部の手の内を探る為の行動だったのか。


「では実際に服部さんはどうやって私の手札の情報を得ていたのか? 最初の違和感は店内の明るすぎる照明です。落ち着いてお酒を飲む場所として、これはやや不自然でした。

 そしてもう一つ、ゲームとは直接関係ないように見せかけて行われていたルーティン。先攻後攻を決める為に、あまりカードを一直線に広げるという動作です。よく考えれば、先攻後攻を決めるのに毎回こんなことをするのは面倒です。

 そして極めつけは、ゲーム中もずっと見ているスマホ画面。これで服部さんが何をしているのか、ピンときました」


「……たったそれだけの情報で?」

 俺がそう呟くと、小林は「充分すぎる状況証拠だ」とうそぶいた。


「服部さんが覗き見ていたのは私の手札ではなく、一直線に広げたあまりカードの方だった。あまりカードに何の数字が何枚あるかわかれば、自分の手札と合わせて私の手札の情報は筒抜けになります」


「……いやいや、そりゃそうだが、問題は服部がどうやってカードを覗いていたかだろ?」


 すると小林は突然、掌をテーブルに叩きつける。



「……は?」

 俺はポカンと口を開ける。


「マジックミラーには明るい側からは光を反射して鏡のように見え、暗い側からはガラスのように透過して見えるという性質がある。つまり、下から覗けば一直線に広げた余りカードの数字は丸見えだったというわけだ。服部さんはゲームを始める前に、スマホでテーブルの下からあまりカードを撮影していた」


 そうか。明るすぎる照明も、毎回一直線に広げられたあまりカードも、このイカサマを使う為のものだったのだ。


「……くだらん。仮にこのテーブルにそんな仕掛けがあったとして、俺がイカサマをしたという証拠は?」


 イカサマを言い当てられた服部は慌てるどころか冷静なままだ。ただ敵意に満ちた暗い瞳で、静かに小林を睨みつけている。


「いやだなァ服部さん、誤解ですよ。私は貴方のイカサマを咎めるつもりはありません。それに元々イカサマの言いがかりを付けてきたのは貴方だ。私はただ予想していたのです。もし貴方がこの方法で私の手札の情報を知っていたなら、私が持っていない5を宣言するときに確実に『ダウト』をコールしてくるだろうとね」


「…………」


 ――そういうことか。

 手札を知られているということは、小林からすれば逆に服部が「ダウト」をコールしてくるタイミングだけは読めるということ。


 昨日、小林がゲームに使うトランプの種類について訊いてきたのもこのときの為だ。小林は同じ種類の別のトランプを隠し持ち、自分の手札にない数のカードを補充していた。


「もし仮に私の服からトランプのカードが出てきたとしても、それはただの偶然です。、実際にイカサマがあった証拠にはなりませんよね? 服部さん」


「…………参った。俺の負けだ」


 服部はそう呟くと、穴の空いた風船のようにヘナヘナと萎れてしまった。

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