②フルーツサンド
四時間目の体育が終わって更衣室まで来ると汗臭さを嫌でも感じてしまう。だから体育の最中よりも着替えの時間の方が嫌いだったりする。
体操服と身体に張り付くインナーシャツを脱いでウォーターシートで汗を拭いていると、隣に居た下着姿の蕾華が抱き着いてきた。汗を掻いた肌が触れてきて、少し気持ち悪い。
「体育の後もブレザーにネクタイなの、絶対おかしいよね?」
下着姿までなら女子に見られてもわたしは何とも思わないけれど、だからといって見られたいわけではない。
一方蕾華はというと、まったく気にしていないようで、更衣室に入るなり体操服の上を脱ぎながらロッカーの前まで移動し、開けるより前に下も脱ぐという、見たければ見るがいいスタイルだ。
蕾華も女子しかいないからというのはあるのだろうけれど、ときどき、わたししか見えていないのではないかとさえ思わされる。まあ蕾華の裸をわたしに見せつけられても困るのだけれど。
「わたしにくっついても涼しくならないよ。っていうか暑いよ」
「うん~。暑いけど、ちょっと癒される~」
「なにそれ」
苦笑いで言うと蕾華はぐへへと口端を歪ませた。
「若いおなごの身体は良いのぉ」
「もぉ、悪代官じゃん」
「良いではないか、良いではないかぁ~」
今度はわたしの胸や腰に手を回してきたので蕾華の頭頂部に弱くチョップをくらわせた。
「成敗!」
「あう! やられたぁ~」
蕾華はわざとらしい演技でそう言いながら床に崩れ落ちた。こういうふざけたやり取りは嫌いじゃないなと思いながら笑い、汗を拭き直した。手早く制服に着替えて、ブレザーのポケットに入れている正方形の手鏡を取り出す。前髪を整えてから蕾華を見るとまだ着替えている途中だった。
「購買行かなきゃだから、先行くね」
「あ、うん。教室でね」
手を振って見送ってくれる蕾華に手を振り返し、手鏡をしまいながら更衣室を出た。歩きながらスマホを取り出してチェックするとお兄ちゃんからラインの返事が来ていて、見ると数分前のものだったので、どうやら昼休みになるまで気が付かなかったようだ。
そして返事は、
《できるだけ秘密で頼む》
《ごめん》
と送られてきていた。
「っ…………」
わたしは空を見上げて、ゆっくりと深呼吸をした。
「すっーーー、はぁーーーー」
お兄ちゃんがそう望むのならそうしよう。蕾華にも秘密にしよう。秘密の恋という響きにも少し惹かれるものがある。
そう思うのに、何とも言えない息の詰まるこの感じの正体は、一体なんなのだろうか?
購買に着き「わかった」というスタンプを送ってからスマホをしまった。
赤色の財布を取り出して、フルーツサンドを一つ買った。
ほかにも鶏たまサンドやツナマヨサンドがあったけれど、今日はフルーツサンドの気分だった。教室に向かう途中で自販機に寄り、『冷た~い』のエリアに目をやった。甘いミルクティーと甘さ控えめのミルクティーがあって数十秒悩んだのちに、甘さ控えめの方を購入した。ガコンと落ちて来たペットボトルを拾ってフルーツサンドと同じ袋に入れてから、蕾華の待つ教室に戻った。
教室ではわたしの席に蕾華が椅子を持ってきていて、お弁当を広げた状態で待っていた。
「お待たせ」
そう言いながら買ってきたものを机に置き、体操服の入った袋を机の横にかけて席に着く。財布を鞄にしまっていると、
「おぉ、今日は女子力高いお昼だねぇ」
「え、そんなことないでしょ? というかフルーツサンドを買うたびにそれ言ってない?」
「えー、でも、なんかお高い感じするじゃん? フルーツサンドって」
「そうかな?」
「そーだよ。あたしも購買がいいってお母さんに言うんだけど、栄養が偏るからダメって」
ペットボトルのキャップを開けてミルクティーを口に含み、舌で転がして少しぬるくしてから飲み込んだ。
蕾華のお弁当はピンクの二段弁当で、ごはんの段は鮭のふりかけ、おかずの段は冷食のグラタンや冷食の春巻き、そぼろの入った卵焼き、ソーセージ、ミニトマト、レタスなどが入っていた。
「でも蕾華のお弁当は、愛情籠ってていいなぁって思うよ」
「良い子か!」
「あはは」
とはいえ、わたしとお兄ちゃんでお互いのお弁当を作ったりできないこともないし、わたしが中学校に入ってすぐのころは実際に作りあったりもした。作り合うかはともかく、栄養面を考えるとお弁当の方がいいのだろう。でもそうしないのは、お兄ちゃんの作ってくれたお弁当をわたしが食べられないからだったりする。
量が多い訳でも、味に問題がある訳でもない。寧ろとても美味しい。だけど、休みの日のお昼御飯と比べると少ないくらいの量さえ、お昼休みのお弁当になると食べられないのだ。中学に入学して少しした頃からずっと、無理に食べていて、今と同じ五月くらいの時期に吐いてしまった。
理由は今でも分からないけれど、その日からお昼は買うようにしていて、お兄ちゃんもわたしに合わせてくれている。
「でも、蕾華もちゃんと残さず食べて良い子だよ」
「子供扱いじゃん! っていうかあたしが良い子になれたとしたら、美蓮のおかげだよ」
蕾華は笑いながらそう言った。わたしは何もしていないのに、蕾華はいつもわたしのおかげだと言ってくれるのだ。わたしは本当に、たいしたことは言っていないのに。
でも、今から思うとあのときのわたしは何様だって感じだ。いくら出会った当初の蕾華が我儘娘だったからって、お互いのことをそんなに知りもしないのに「他人にはできるうちに感謝した方がいい」とか言ってしまったのだ。
当然、言ったあと喧嘩になって、いろいろあって蕾華の方から謝ってくれたけれど、正直なところ悪いのはわたしだ。せめてもう少し言い方があったはずだろう。
あのときの一言のおかげで今ではいい友達になれているとはいえ、思い返すと恥ずかしい。そう思いながらサンドイッチの袋を破って取り出し、一口かじった。
甘いなぁ、と思った。
放課後になって殆どのクラスメートが教室から出ていく中、蕾華がわたしの方にやってきていつものお喋りタイムが始まった。楽しいなと思っていると不意に、
「そういえば、初デートの予定は?」
「でぇ、でぇと?」
「え? うん。いくんでしょ、デート?」
「えっと、どうなんだろ?」
きらきらした目で見てくる蕾華から視線を逸らして応えると、両肩をがしっと掴まれた。
「美蓮はデートしたくないの?」
「興味はある、けど」
確かに、恋人になってすることといえばデートは真っ先に思い浮かぶし、蕾華がたまにおすすめしてくる少女漫画の影響もあって、デート自体に憧れもある。だけどお兄ちゃんはどう思っているのだろう。お兄ちゃんがデートに行きたいのならわたしも行きたいと思うけれど、もしデートには興味がないというのなら、別にしなければならないとも思わない。だってわたしは、お兄ちゃんは好きだけど広務は好きじゃないから。
「っ……」
そう思うと、再び息の詰まる感じがした。
「美蓮、もしかして気分が悪い? 辛そうな顔してるよ?」
尋ねられたことで顔に出ていたことに気が付き、頭を左右に振って否定しながら表情を整えた。
「大丈夫だよ、なんでもない。デートは、まだ、そういう話をしてないだけだから」
「そう? でも、そっかそっか」
蕾華は本気で心配してくれていたようだったけれどわたしが誤魔化して笑うと、蕾華も表情を緩めってカラカラと笑った。
蕾華に嘘を吐くのは辛いけれど、お兄ちゃんが珍しくわたしなんかを求めてくれたんだから、もっともっとしっかりしないと。
改めてそう思い、蕾華とのお喋りを続けた。
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