第2話 こんにちはナロードニキ
改めて、俺の名前はロジオン。
ここではそうらしい。
4歳で、日本で生きていた前世の記憶を取り戻した俺は、ロシア人としての自分の人生を少し冷静に見ることができた。
電話もメールもない、十九世紀頃か。孤独の怖さは2020年代日本以上。
俺は今生、できるだけ積極的に人と関わるようにしはじめた。
妹にはなんでもやってやり、思いっきり可愛がる。
他の貴族のどんなガキとも、勇気を出してニコニコ関わった。
貴族、そう貴族らしい。俺も。
中流か下流というところで、大した規模の家ではなさそうだが……。
親が土地を持っていて農民がそこで働いている。
前世の知識から注釈を入れると、この時代のロシアの農民は酷く身分が低く、奴隷の奴を取って「
複雑だが、あっち側に生まれなくて良かったって気分だ。
二回目の生で分かったことの一つは、誰が相手でも、笑顔で優しく接すれば、気づけばこっちのことを好きになるってことだ。
そんなの、一回目の生でわかっとけよって話だけど……。
前世の俺は、いわゆるコミュ障で、友達なんてこっちから挙げるのが申し訳ない程度しかいなかった。
今生の俺が優しいのは、どっちかっていうとそういう孤独な前世の反省だけど。
真似事で始めたそんな「明るいいい子」のロールプレイに、周りはちゃんとついてきた。
案外、人に優しくしましょう、っていう綺麗事は、正しいらしい。
こっちがいい子にしてれば、周りもこっちを立てるように接してくる。
褒められると、まだガキの俺の脳は都合よく喜んで、なんでも頑張る方向に考えるようになった。
もともと前世でも勉強は嫌いじゃなかった。
気づけば俺は、出世して親と妹を楽させてやりたいとまで思うようになった。
年齢を重ねるごとに、前世の記憶はむしろはっきりしてきて、人の言葉や、読んでいた本の内容を思い出すことも増えた。脳が発達するせいか。
そんな俺は楽々とエリート教育の階段を駆け上がることができた。
そして、前世の記憶が功を奏したんだろうか。
俺はまた、「大学生」になった。
大学生。
ここ、十九世紀ロシアでは、とてもレアで珍重される立場だ。
帝国内の人口約3000万人。
うち貴族は数万人。
中でも首都で最高の教育を受けられる大学生は、国全体で3000人しかいない、超絶エリートの学生なのだ。
「18歳で大学に入れるなんて、凄いわ! やっぱりロジオンは天才ね!」
入学許可証を受け取った日、母親はいたく感動して俺を褒めちぎった。
「そんなことないよ、母さん。大学生の中で見れば、普通のことだ」
俺は謙遜というほどでもなくそう言った。
実際、中等教育過程を終えて大学生になるのは、ストレートなら同年代の若者がほとんどだ。
稀に大天才が飛び級し、14、5で進学するが、今回の人生の俺はそこそこ遊んでたから、まあ、こんなもんだろう。
「しっかり勉強してくるんでしょうね、兄さん」
これは手厳しい妹のドゥーニャだ。妹は長い黒髪の似合うスレンダーな少女で、兄の贔屓目もあるけど、結構かわいい。
「父さんが早くに死んだから、うちは兄さんが頼りなのよ!」
そう、こっちでの父親──名前はフョードル──は、領地を残して死んでしまっていた。
俺は家族の期待を背負った後継ぎってわけだ。
けど、前世と違って、期待ほどにはうまくやれないって気もしない。
「任せなよ。早く官僚になって、世の中変えて楽させてやる」
知らない奴と友達になる経験はだいぶ積んである。
一人で首都に出て大学に行っても、コネは作れるだろう。
大学生になるのは、高給取りの官僚になるなら最適ルートだ。
大学で優秀なグループに顔を売って、現世の親と妹を幸せにする──
それで、前世の俺の、悔しい思いも晴れるはずだ。
そんな完璧な人生計画を持って、俺は晴れやかな気持ちで、新しい人生のスタートを切った。
これから下宿して大学に通う、首都・サンクトペテルブルクに引っ越したのだ。
そして、栄えある大学生活一日目──
「なあ、お前、退屈してない?
──この国、変えようぜ、一緒に」
俺は、
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