第拾壱舞

阿津斗あつとに依頼を済ませた後、私は食事を済ませて歯を磨いていた。


霊に霊力を与えられる存在。そんなもの1つしか無い。霊操師れいそうしだ。


うがいをして歯ブラシを洗う私。


霊操師れいそうしとは霊力を他者に分け与えられる力を持った人の総称。


約十万人に1人とかなり多く存在しているが、ほとんどの人は上手く力を扱えなかったり、そもそも自分がそんな力があることを気づいていなかったりするため、かなり貴重な存在になっている。


十年前ほどから少しずつ数を増やし、初めの方は除霊師の霊力を回復させる存在として重宝された。


…しかし、良い使い方があれば悪い使い方もある。


霊や妖怪に霊力を分け与え、その見返りとして盗みや殺しをさせる。そんな奴らが現れ始めた。


…5年前、こいつらがいなければあんな事件は起きなかった。お母様は死ななかったっ!


ギリッ、と歯ぎしりをする私。


5年前の百鬼夜行と言われる事件。


あの時のことがぐるぐると頭の中で渦巻いて悔しさと怒りとが私の心をぐちゃぐちゃにしていく。


どうして?どうしてお母様は死ななきゃいけなかったの?どうして?どうしてっ!?


今でも鮮明せんめいに覚えている。


大鎌おおがまを持った女がお母様を殺したのを。


お母様優しい笑顔も、冷たくなっていくあの感覚も…。


私がもう少し、ほんのもう少し早く駆けつけられていれば…。


そんなどうしようもない後悔と自分への怒り。


でも、洗面台の鏡に映る私の顔は悲しみで涙が出ているわけでも、怒りで顔が歪んでいるわけでもない。


顔色1つ変えられない私がいた。


「だからなんだ」と、そういうように。


「っ!」


ガシャンッッ!!と鏡を殴り割る。


お母様が死んだ時、涙の1つも流せなかった事実に、今もなお人形でしか無い自分への嫌気と怒りで。


ポタリ、と腕から血が垂れる。


どうやらガラスの破片がいくつか腕に刺さったらしい。


痛みはない。…いや、感じなくなった。のほうが正しいと思う。


鏡の割れる音と怒りをぶつけた事により冷静になれた。


動脈を切らないように気をつけながらガラスの破片を抜いていく。


「あ~あ。なんて言い訳しようかな…」


私が怪我けがしてるとまいがうるさいんだよね…。


ゲームのように怪我けがを治すじゅつがあればいいんだけどそんなものはない。


せいぜい治すのを少し早めるのがせきやまだ。


もしそんなものがあればお母様を救えていたのに…。


そんなどうしょうもないことをまた考えててしまう。


これ以上昔のことを考えないように軽く止血して早めに睡眠を取ることにするのだった。

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