懐古

ある日、ふと付き合う前から別れるまでの間、彼女はどんな風だっただろうと記憶を辿った。


彼女とはマッチングアプリがきっかけで出会った。メッセージでやり取りをする中で共通の趣味で盛り上がり、比較的トントン拍子で話が進み休日にランチがてら出かけることになった。初めて会った日の彼女は、気になったお店や目に留まった雑貨に吸い寄せらせていき、自分が見たいものを本能のままに見るという感じだった。

特に印象的な思い出を挙げると、カプセルトイのコーナーは吸い寄せられていったと思うと、妹が好きだというミッフィのガチャガチャを回したいとのことだった。硬貨を数枚入れ、ハンドルを回すと当然の如く転がり出てくるカプセル。そのカプセルを手に取ると、彼女は開けてもらって当然かの如く無言で僕にそのカプセルを手渡してきたのだ。

カプセルを開けた状態にして返すと、もちろん彼女はお礼を言うより先に中身を眺めていた。

今振り返ると、そういった彼女の自分の気持ちに忠実な、どこか本能的な自由さに惹かれたのだったと思い出した。

そしてそれから相場である三度目のデートから二度機会を逃した末に、交際を申し込んだところ承諾され、晴れて付き合うこととなったのだ。


ではそれからはどうだっただろうと更に懐古する。

付き合ってからは一人暮らしだった僕の家で過ごすことも多くなった。家で一緒に過ごす時間が増えると、彼女が生活に入り込んでいる気がして、歳も相まって何年か後のことを妄想してみたりしていた。

ところで彼女はというと、お互いの好意が確認されたのだから、安心してより自由になってもいいような気がしていたがそうではなかった。

彼女は徐々にいわゆる「尽くす女」に変化していったのだ。

僕だけが仕事の日には夕飯を作って自宅で待ってくれるようになり、誕生日にはちょっといいお店を予約してくれてプレゼントを用意してくれていた。

僕も初めはそういった変化に幸せを感じていたような気がする。


そのうち、彼女はショートだった髪を伸ばし始めた。さすがの僕でも気付くほどの変化だったので理由を尋ねてみると、僕が会話の中で何気なく発した言葉がきっかけだと言う。

そんなことを言ったのか記憶は定かではなかったが、確かにセミロングくらいの長さが好みだったので、きっとどこかで話したのだろう。

そう思いつつ、同時に「髪型くらい自分の好きにしたらいいのに」と思った。

しかし彼女は満足そうにしていたので、それを言葉にしようとは思わなかった。

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