私を見て

五菜みやみ

私を見て

 この女学院では、姉妹スールと呼ばれる姉妹制度が存在する──。



 上級生が親しくなりたい下級生へと十字架ロザリオを渡し、姉妹の契りを結ぶことで成立する関係。


 姉妹スールになった上級生フルール・スールは、学園を卒業するまで下級生ブトン・スールを指導するともに面倒を見ることになる。


 そんな姉妹スールは全校生徒の憧れの存在だった。


 私も、憧れていた──。




 キーンコーンカーンコーン チャイムが鳴れば授業が終わり、お昼休みになる。


 その時間は私にとって複雑な時間。──いや、お昼休みだけじゃない。


 放課後も複雑な気持ちになって、自分が醜くなる。


「羽実!」


 先生が教室から出て行くとすれ違いに後ろの教室のドアからある生徒の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 その声にクラスメイト全員が一斉に振り向くと、その中の一人の声が教室に響いた。


「あ、お姉様!」


「一緒にお弁当を食べよう」


「はい!」


 迎えに来た先輩と話していた女子生徒がお弁当箱を持って私の席へ近寄って来る。


 先輩から呼ばれた生徒は私の友達だった。


 茶髪の波打つように緩く巻かれたロングヘアを下げている女の子が私のもとに来ると申し訳なさそうに手を合わせて謝ってきた。


「ごめんね!」


「今日は水曜日だから大丈夫だよ」


「ありがとう!」


 そう言って黒髪ストレートのショートヘアをした先輩のもとへと駆けて行った。


 毎週、月水金は先輩と一緒に過ごしている。


 友達が先輩と姉妹スールになった日から、ずっと──。


 二人の姿が教室の前から消えると、クラスメイトたちは先程からひそめていた声を大きくした。


 どのグループも、羽実とすぐる先輩の話しで持ち切りだ。 “お似合いな二人” “仲睦まじい二人” それが二人に対しての概ねの評価で、イメージだった。


 私もそれを認めている。


(今日はどうしようかな……)


 どこで食べようかと考えながら財布を取り出して食堂の横の購買スペースへと向かった。


 そこでは近くのパン屋さんが作ってるパンが売られている。


 食堂とう言う手段もあるのだが、あまり近寄りたくなかった。


 食堂の中には姉妹だけが入れる専用部屋があって、そこへ向かう羽実と傑先輩の姿を見たくなかったから。


 友達と──、他人と歩く傑先輩の姿を見たくはない。


 選ばれたかったとは言わない。


 言えない。


 傑先輩のお姉様フルール・スールが私の実の姉だから。


 そして傑先輩をこっぴどく振った相手だから。


 選ばれるとは思ってない。


(でも……、まさか友達が選ばれるとは思わなかった)


 ──羨ましい。 どうしても、そう思ってしまう。


 この気持ちを友達に打ち明けるなんてことはしないけれど、複雑な気持ちが絡み合って、羽実の恋を心から応援することが出来ずにいた。


 羨ましくて、別れてくれることを望んで、それでも── 先輩が幸せになってくれることを望んでる。


 私の存在はきっと、姉の存在を彷彿とさせてしまうから。


 私は先輩を幸せに出来ない。──逆に苦してしまう存在だ。


 それなら、先輩が選んだ羽実と一緒にいた方が幸せに決まってる。


 購買スペースへ来ると、ふと羽実と傑先輩の姿を見つけた。


 私は立ち止まると、手首に付けていたゴムとピンで黒髪ミディアムヘアの髪をお団子にまとめ上げ、伊達眼鏡を掛ける。


 声を聞かれると私だとバレてしまうが、見た目だけなら分からない。


 私の姿で合流すると話しかけられてしまうだろうが、変装すればこちらから近寄って行かなければ、声を掛けられることはないのだ。


 いつもそうやって、羽実と傑先輩を避けて来た。


 やましくて、醜くい自身の心を刺激させないために。


 二人がパン屋のおばさんから離れて行くのを物陰から見守って、私はやっとパンを買いに集団へ近寄ることが出来た。


 欲しかった惣菜パンとスイーツ系のサンドを買って離れると、ふと廊下の端で光るものを見つけた。 拾うとそれは、姉妹スールのメンバーの専用のバッチなのが分かった。


 しかもこれは2年生のバッチだ。


 もしかしてと思って傑先輩を探しに食堂へ向かうと扉の所で危なく生徒とぶつかりそうになった。


 先に早く気付けた私は咄嗟に後退したものの、足を挫いてしまって転びそうになる。


 そんな私の腕をぶつかりそうになった生徒が支えてくれた。


「あ、ありがとうございます」


「いや、こちらこそ避けてくれありがとう」


「いえ──」


 俯いていた顔を上がると、相手は傑先輩の顔をしていて私は吃驚した。


 じっと見つめる私に傑先輩は首を傾げる。


 その時になってハッと我に返って失礼な態度に謝った。


「すみません。なんでもないです」


「そう?  じゃぁ、私はこれで──」


 そう言って去ろうする傑先輩に対して私はここへ来た理由を思い出して、傑先輩の離れて行く手を取った。


「……あ! 待って下さい!」


「ど、どうかしたの?」


 困惑気味に聞いてくる先輩に私は「すみません」と言って手を離すと、落ちていたバッチを差し出す。


「これを……」


「──あ! ありがとう。これを探しに行こうとしてたんだ」


「そうですか。良かったです」


 ぶっきらぼうに返すしか出来なくて内心で慌てふためいていると、先輩は気にしてないのか普通に話し掛けて来た。


「本当にありがとう。どこにあった?」


「直ぐそこの端に」


「購買の所で落ちたのか。本当にありがとう」


「いえ。私は失礼しますね」


 傑先輩と話せたことに嬉しく思いつつも、誰かに正体がバレるのが怖くて立ち去ろうとした。


 そんな私を今度は先輩が引き止めてくる。


「あ、まって。名前を教えてよ」


「……えっと、その…………」


 名前を教えたらきっと同じ名字で気付かれるだろう。


 名前だけ教えても、同じだけで羽実が察してしまうかも知れない。


 どちらにしても、先輩に私の存在を気付かせるのは、あまりいい結果を生みそうではなくて……。


 どう切り抜けようか悩んでいると、助け舟がやって来た。


 後ろから違う姉妹スールのメンバーが話し掛けてくれて、立ち去る隙が生まれた。


「なーにやってんの、傑」


「あ、ユリカ先輩」


「すみませんっ! 失礼します!!」


 後ろからやって来た傑先輩より上級生の3年生と会話を交わしているうちに私はスッと端へ寄り、お辞儀をして身を翻した。


 出来るだけ綺麗な所作に見えるよう、姉に扱かれて身につけた挨拶をして私はそそくさとこれ以上捕まらないように足早に教室へと向かった。


 階段の途中で立ち止まると、傑先輩と話せたことと、早足で歩いて来たことで心臓がドッドッドッと力強い音で鳴っていた。


 早る鼓動が苦しい。


 けど、好きだった先輩と話せたことがすごく嬉しくて。


「……はぁ」


 溜め息を漏らしてその場にへたり込んだ。


 先輩の男性のような活発的な印象を受ける言動や仕草を思い返して頭と心が興奮していた。


 ふと泣きたくなる。


 入学式後に一度だけ変装をしていない姿で先輩と会ったことがある。


 その時の先輩は元お姉様フルール・スールそっくりの私の顔と、同じ名字の名前を見て真っ青になってしまったのだ。


 そして、その時に私は悟った──。


 “私”と言う存在が、好きな人にとっては害でしかないことを。


 友達が先輩の妹になった時は、少しは慣れたのだと分かったけれど、だからと言って近寄ることは叶わなかった。


 それが今日、やっと会話を交わせたのだ。


 たった数分のことだったけど、それが何より嬉しくて。


「──ひくっ…………」


 思わず涙が溢れてしまった。


「ぐすっ……うぅ……」


 嬉しい。


 やっと話せた。


 やっと先輩を苦しめずに近づけた。


 零れて行く大粒の涙を何度も拭き取って私は泣き止もうとする。


 偶に漏れる嗚咽を呑み込もうと必死になっていた。


 どのくらい経ったのか分からない。やっと治まった涙腺に私立ち上がると、近くのお手洗いに入って行ってメガネとお団子を解いた。


 真っ赤になってしまった目を洗ってから教室へと戻る。


 隣りの席で食べてた三人のクラスメイトが私の顔を見て驚いていた。


「どうしたの!?」


「何かあった!?」


「大丈夫!?」


 一斉にバラバラの質問をして来て、私は笑った。


 明るい声で囁く。


 「嬉しいことがあったの────」


 すごく嬉しいことが。


 そんな返答に三人はホッとして笑ってくれた。


 それから、「なんだぁ」と言ってから、「一緒に食べようよ」とも誘ってくれた。


 そんなクラスメイトの三人に、私は大きく首を振って頷いたのだった。




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私を見て 五菜みやみ @ituna383miyami

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