人生ゲーム

皆戸みなと君。私結婚するね」


「……うん」


 分かっていたことではあるが、面と向かって言われるとどうしようもない感覚に襲われる。


「人生ゲームの結婚でそこまで悲しくなれるならさっさと結婚しろ」


 一宮いちみやさんのお姉さん、唯瑚いちごさんにジト目で言われる。


「え、ここがいくら一宮さんの家だからっていきなり『娘さんを僕にください』は言えないですよ」


「大丈夫。もう君と妹の仲は家族公認だから」


「そんな事言われるとほんとに告白しちゃいますよ?」


 俺だっていつまでもこのままというのも駄目だと思っている。


 そろそろ踏み込んでいかなければいけない。


「そういうのを本人の前で言えるならさっさと言っちゃえばいいのに」


「ほんとにね」


「うるさい」


 今は一宮さんの家で人生ゲームをやっているが、そこには俺の妹の友莉ともり多々良たたらさんも居る。


「こんなに可愛い女の子達に囲まれてるのに、皆戸君はりーちゃんしか目に入らないんだもんね」


「顔がよくても性格に難がありすぎるからかな?」


「皆戸君はやっぱり私に対する扱いが雑だと思うんだよね」


「おいおい、実は好きなのかー」


「その安っぽい挑発は喧嘩を売ってると捉えていいんですね?」


 俺はそう言って、ちょうど止まったマスが『好きな相手の土地を奪う』だったので、お姉さんの一番高い土地を奪った。


「な、ちょい、それはずるくない?」


「売られた喧嘩は買うのが礼儀なので」


「最近の若いのは、ああ言ったらこう言う」


「屁理屈ばっかり言うのは年寄りの証ですよ」


 と言ってもお姉さんは二十歳なので俺と五歳しか変わらないが。


「私を年寄り扱いとはいい度胸だ。それは喧嘩を売ってるんだな?」


「いえ、事実を端的に述べただけです」


「このガキ泣かす」


 子供の戯言を本気にしてキレるのも年寄りの証とは言わないでおいた。


 なんか後で変なことされそうだから。


「お兄ちゃんお兄ちゃん」


 すると友莉が俺の服の袖を引っ張っりながら呼ぶ。


「なに?」


鈴胡りんごさんが拗ねてるよ」


 そう言われて一宮さんの方を見ると、最近よく見るふくれっ面になっていた。


「これでこの中で一番可愛いのは一宮さんだと証明されたね」


「皆戸君のハートが強い。逆にりーちゃんは弱い」


 拗ねた一宮さんの対処法は、褒めること。


 そうすると簡単に照れてくれる。


「うちの妹チョロすぎない?」


「皆戸君が最近プレイボーイになってるんですよね。りーちゃんの純粋が汚されるといけないから、私が貰うのが一番いいと思うんです」


「そこは年寄り扱いされるぐらい人生経験のある私では?」


「いや、妹である私こそがお兄ちゃんの手綱を引ける唯一の存在です」


 なんだか意味の分からない状況になってきた。


 だけどみんなルーレットを回す手は止めない。


「それで少年は誰を選ぶ?」


「だから俺は一宮さん一筋だと……」


 そこまで言って、ここには一宮さんが居ることを思い出す。


 決して忘れてた訳ではない。ただ否定を先にしたかっただけだ。


「後は若いのに任せようか」


「まったく、こっちが気を遣わないといけないんだから」


「お兄ちゃん、大好き」


 なんか最後に変なことが聞こえた気がするけど、言ったであろう友莉はお姉さんと多々良さんに連行されたので真意は分からない。


「なんなの?」


「み、皆戸君」


 一宮さんが上擦った声で俺を呼ぶ。


「はい」


「えっと、ほんと?」


「何がって言うのは野暮だよね。ほんとだよ」


 一宮さんが聞きたいのはさっきの告白もどきだろう。


「俺は一宮さんのことが好き。初めて話した日からずっとね」


 やっと言えた。


 おそらく気づいていないのは一宮さんだけだったけど、ずっと隠していたことが話せて少し楽になる。


「ちなみにお返事は?」


「……私ね、夢があったの」


「夢?」


「私といつでもゲームをしてくれる人と出会うこと」


「誰でも一宮さんとならやりたいでしょ」


 俺がそうであるように、一宮さんとなら何でも一緒にやっていたい。


「私って手加減が出来ないからずっとは出来ないんだ」


「手加減?」


「皆戸君には分からないか。私って皆戸君以外の人にゲームで負けたことないんだよ?」


 それは驚きだ。


 確かに一宮さんは友莉と多々良さんにゲームで勝っていた。


 だけど俺には全敗している。


「俺に手加減したとかではなく?」


「うん。言い方を変えると手加減なんだけど、でも、故意に手を抜いたとかはないよ」


「俺とゲームする時は毎回本調子じゃなかったってこと?」


 一宮さんが頷いて答える。


 負けの言い訳に聞こえるが、俺以外の相手に全勝が本当なら言い訳とは言えない。


「つまりね、今までも一緒にゲームしてくれる人はいたけど、私が毎回勝っちゃうからゲームしてくれなくなっちゃうの」


「もったいない」


「何が?」


「一宮さんとゲームをし続ければ、それだけ一緒の時間が増えるじゃん」


 相当キモイことを言ってるが、俺はたとえ負け続けたとしても、一宮さんからのゲームを断ることはしない。


「初めてゲームした時のこと覚えてる?」


「あっち向いてホイ?」


「ううん、それは二回目。初めては授業でやったクロスワード。その時は手加減出来たんだ」


 そういえば授業でクロスワードをやったことがあった。


 ただ授業でやっただけだから、一宮さんと競ったりはしていないが。


「だけどすっごい後悔したんだよね」


「なんで?」


「皆戸君が解くのすっごい早かったから」


 確かに一番に名乗り出たクラスメイトよりも早く時終わってはいた。


 名乗り出るのがめんどくさくて俺は解くだけ解いて終わったとは言わなかったけど。


「その時にね『この人なら私をゲームで負かしてくれるかも』って思ったの」


「負けたかったの?」


「そういう訳でもないんだけど、勝ってるなら相手を続けてくれるかなって」


「一宮さんは楽しかった?」


「うん!」


 満面の笑みだ。


 そこに疑いの余地なんて入らないくらいの。


「でもね、なんで勝てないのかずっと考えてたの。高校生になって私が弱くなったのかなって思ってお姉ちゃんとゲームしたけど、圧勝出来たし」


「友莉も一宮さんに絶対に勝てないって言ってた気がする」


「だけどね、最近やっと原因が分かったの」


「なんだったの?」


「……私に勝ったら教えてあげる」


 一宮さんはそう言うと目の色が変わった。


「今回は本気も本気ってことね」


「うん。負けの原因を克服して、皆戸君と対等になって飽きさせないようにする」


「俺が一宮さんに飽きることなんて有り得ないけどね」


「い、言ってられるのも今のうちだからね!」


 そうして俺と一宮さんの本気の人生ゲームが始まった。


 本気の人生ゲームとはなんだ、とは思うが、それはいい。


 どちらも引かない勝負に……はならなかった。


「なんかごめん」


「敗者に謝罪は侮辱だよ……」


 結果は俺の勝ち。


 圧勝とは言わないが、少し差はついた。


「やっぱり駄目か」


「それで何が原因なの?」


「……どうしても聞きたい?」


 一宮さんが頬を赤くして上目遣いをする。


「可愛い顔すれば許されるとか思ってる?」


「バカ! 皆戸君のことが好きだから意識しすぎちゃうの!」


「……もっかい」


「バカ!」


 照れ隠しと純粋にもう一度聞きたかっただけだが、返答は一宮さんからのハグだった。


「私も初めて皆戸君と話した時から好きだったの。だからドキドキして本調子でゲーム出来なかったの」


「理由が可愛すぎない? 嘘なら今否定してね。あと少しで俺は一宮さんを抱きしめるから」


「ばか。私を信じられない……?」


 一宮さんが涙目で俺を見つめる。


 そんなの信じない訳がない。


 元より信じてない訳じゃない。


 俺は一宮さんを強く抱きしめる。


「幸せ」


「俺も。これからもずっと一緒にゲームしようね」


「うん。絶対に逃がさないから」


「こっちのセリフ。勝てないからって捨てないでよ」


「皆戸君こそ、弱いからって飽きないでね」


 そんなことするもんか。


 俺の人生は一宮さんだけに捧げる。


 誰にもその邪魔はさせない。そう、誰にも。


「一宮さん」


「なに?」


「うちの妹が馬鹿なことしても怒らない?」


「友莉ちゃんを怒ったりしないよ」


「良かった。友莉が原因で捨てられるとか笑えないから」


 これでとりあえず明日もこの関係は続けられそうだ。


「……皆戸君。後ろ向いていい?」


「いいけど、俺を嫌わないでね?」


「嫌いにはならないけど、怒るかも」


 一宮さんはそう言って後ろを向いた。


 正確にはさっき友莉達が出て言った扉を。


「友莉ちゃん。バレてるからやめたら?」


「鈴胡さんならって思ったけど、お兄ちゃんを奪ったんだからこれぐらい許してもらわないと」


「ブラコンがすごいね。私は好きだよ」


「どうしよう。怒るに怒れない」


「いや、怒っていいから」


 現在、扉からはスマホが生えている。


 そして動画か、無音で写真が撮られている。


「私だってお兄ちゃんと血の繋がりさえなければ、人には言えないようなことを毎日やるのに」


「この子、皆戸君と一宮さんが付き合ったからって好き放題言ってるよ」


「私は好きだけどね」


 何故かお姉さんに気に入られているが、そろそろ誰か馬鹿な妹を止めて欲しい。


「よし、お姉ちゃんになった私が友莉ちゃんと仲直りする」


「頑張れ。余計にこじらせる未来が見えるけど」


 そうして一宮さんは友莉と話し合った。


 結果的に友莉が俺に甘えるようになり、一宮さんが近づけなくなったのだが、それはまた別の話。

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ゲーム大好き一宮さん とりあえず 鳴 @naru539

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