手紙

「加速する噂を無視し続けてたらついにきたよ」


「なにが?」


 俺と一宮いちみやさんが付き合っているという噂が流され始めてから少し経ち、屋上の前の踊り場での密談やその他の噂も加えられた。


 そしてその全てを無視していたら今日ついに俺の下駄箱に手紙が入れられていた。


「お手紙?」


「そ、噂を流してる奴からの招待状」


「最近みんなも飽きてきて、『わー』ってなってないもんね」


 表現が可愛すぎるが、確かにクラスの奴らの反応は最初こそうるさかったけど、今では新しい噂が流れても興味無さそうに「別にあの二人ならそれぐらいするだろ」みたいな感じになっている。


 噂なんて本人達が無視し続けていれば飽きられるのも当然だ。


 俺達は有名人でもないのだから。


「ラブレターじゃないの?」


 手紙を読んだ一宮さんが意味の分からないことを言い出した。


「何をどう解釈したらそうなるの?」


「だって『放課後に校舎裏に来てください』って書いてあるよ?」


「始まりの校舎裏で決着を着けようってことでしょ?」


 俺と一宮さんの噂の始まりは、校舎裏でのツーショット写真だ。


 あえてその校舎裏を指定してくるのはそういう意味なのだろう。


「名前も無いし、やっぱりラブレターじゃないの?」


「なんでその発想になるのか謎なんだけど」


 ラブレターとは好きな相手に書くものだ。


 どこに俺のような奴を好きになる物好きがいるのか。


(あ、それだと一宮さんにも好きになれないじゃん……)


 自分で言って勝手に自分で落ち込んでいると、一宮さんが俺を見つめていた。


「どしたの?」


「行くの?」


「校舎裏? 行くよ。行かなくても自然消滅しそうだけど、文句ぐらいは言っておいてもいいだろうし」


 関わらないのも手だろうけど、もしも行かないで状況が悪化しても困る。


 それなら一度会って弱みでも握った方が楽に立ち回れる。


「……」


「一宮さん?」


 一宮さんが手紙を悲しそうな顔で眺める。


皆戸みなと君に告白した子が可愛かったら、皆戸君はその子と付き合っちゃうよね……」


「だからラブレターじゃないっての」


 ここで勘違いする程自惚れてはいない。


 一宮さんが言いたいのは、俺が誰かと付き合うのが悲しいのではなく、俺が誰かと付き合うと、一緒にゲーム出来なくなるのが嫌なのだ。


「でも……」


「それがもし、万が一にもラブレターだったとしても、俺は告白を受けることはないよ」


「とっても可愛い子かもしれないよ?」


「俺の近くに世界一可愛い子が居るから」


「それって……」


 こんな遠回しで、納得させる為の告白なんて嫌だが、言ってしまったものは仕方ない。


 一宮さんを不安にさせるぐらいなら今ここで……。


「俺は一宮さ──」


「あ、友莉ともりちゃんか」


「そう、友莉。うざいって思う方が多いけど、たまに可愛くなるんだよね」


 決してひよったわけじゃない。


 今がその時でなかっただけで、戦略的撤退だ。


「うざいなんて言ったら駄目だよ。友莉ちゃんはお兄ちゃんに甘えるのが恥ずかしいだけなんだから」


「それはないから。とにかく、可愛い子には慣れてるから大丈夫」


 これだけ聞くと俺がシスコンみたいになるけど、一宮さんにならそう思われたところできっと大丈夫なはずだ。


「そっか、良かった」


「ゲームの相手はちゃんと続けるから」


「え?」


「え?」


(え? って何? え、そういう……え?)


 思わぬ反応で思考がまとまらない。


 そんな反応されたら本当は俺が誰かと付き合うことがシンプルに嫌なのだと勘違いしてしまう。


「あぁ……うん。そう、ゲームしてくれる皆戸君が相手してくれないと嫌だもん」


「そうだよね。うん。大丈夫だよ」


 おそらく深掘りはしてはいけない。


 したら気まずくなり、色々とまずい。


「と、とにかく放課後に校舎裏行って文句言ってくるね」


「う、うん。あ、でも言い過ぎは駄目だからね?」


「大丈夫……」


(ちょい気まずい)


 どうやら深掘りしなかったから致命傷は避けたけど、切り傷は避けられなかったようだ。


「一宮さん、ゲームをしよう」


「うん、それがいいね」


 俺達お決まりのルール。


『困ったらゲームをする』


 とりあえずゲームをすれば色々とうやむやに出来て都合がいい。


「じゃあ久しぶりにオリジナルゲームしよっか」


「どんなの?」


「紙を一枚用意します」


 一宮さんはそう言って、A4のノート一枚サイズの紙を取り出して、それを半分に折ってから切った。


「ここに好きな字を書きます。それを四等分にして何が書かれてるか当てるゲーム」


「なるほどね。字のサイズは?」


「小さく書いてもいいよ。でも四等分にしたのをランダムで引くから、一枚目に答えが書いてあるやつを引いちゃうかもだよ」


「おけ」


 小さい書いて四分の一を惹かれないことを祈るか、大きく書いて分かりづらくするのか。


 ギャンブルか無難か。俺はもちろん無難を選ぶ。


「書けたよ」


「私も」


 俺が書いたのは『職』だ。


 これなら『織』『識』と似ていて、辺だけを左の二枚に書けば最低でも二枚は引かなくてはならない。


「先に当てても次に当てたら引き分けだよね?」


「うん。その時はもう一回だね」


 そう言いながら俺と一宮さんは字を書いた紙を四等分にする。


「まぜまぜして。どっちから引く?」


「どっちでもいいけど、一宮さんから引く?」


「じゃあ引く。これだ!」


 一宮さんはそう言って四枚重なった紙の一番上を引いた。


(可愛いけど、選んでないんだよなぁ)


 微笑ましい光景をながめながら一宮さんの引いた紙を見る。


 どうやら『職』の右上を引いたようだ。


「『立つ』とうぇぁーってやつ。左が分からないと分かんないやつだ」


 表現が独特すぎてよく分からないけど、可愛いし計画通りなのでいい。


「じゃあ俺が引くね」


「選んでいいよ」


 一宮さんはそう言って四枚の紙をトランプのババ抜きの手札のように構える。


「じゃあお言葉に甘えて」


 一応ババ抜きのように全部に触って一宮さんの表情を見たが、どれも反応が薄かった。


 よっぽどの自信があるのか、それともポーカーフェイスが上手いのか。


(ないな)


 勝手に酷いことを思いながら一番右の紙を引き抜いた。


「へぇ……」


 その紙は白かった。


「外れだね。次は私の番だよ。辺さえ分かればこれで終わり──」


「『十』かな」


「……なんで?」


 どうやら正解のようだ。


「普通に見たら白紙だけど、ちゃんと見たら破かれてる辺が少し黒くなってるから」


 おそらくど真ん中綺麗な『十』を書いて、その線を綺麗に破ったのだろう。


 顔に出なかったのは、全てが同じだったから。


「たとえ全部引かれても、全部白紙にしか見えないから絶対に分からないのか。すごいや」


「嫌味にしか聞こえないもん」


 一宮さんが拗ねてほっぺたを膨らませる。


 スマホにの伸びた手を止めた俺を褒めて欲しい。


「勝ったご褒美決めてなかったけど、何にするの」


 一宮さんが少しやさぐれながら言う。


「大丈夫。もう貰ったから」


「なにを?」


「可愛い子の可愛い反応」


「馬鹿にして……。ばーか」


 一宮さんが更にご褒美をくれると、机に伏せてしまった。


 最近は一宮さんの怒る姿が可愛すぎて、ついやりすぎてしまう。


 少し自重しないと嫌われかねないので、一宮さんを怒らせないことを来月の目標にしようと思う。

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