三十秒チャレンジ

「皆戸君って小さい子好き?」


「……」


 思わず無言で一宮さんを見つめてしまった。


「あ、前に私の恥ずかしい写真をあげるって言ったじゃん?」


「それだけ聞くと色々と語弊があるから言い方変えようね」


 確かにゲームに勝ったら一宮さんの見られたくない写真を貰う約束をした。


 だけど俺のとは違って、データとしては無いから家で探してくると言っていた。


「皆戸君の写真は小さい頃のだから私のも小さい頃のにしようかなって」


「それはいいんだけど、それで俺が納得するかどうか聞くので小さい子が好きか聞いたの?」


「うん」


 小さい子が好きかと聞かれたら好きではない。


 正確に言うなら苦手だ。


 何をしてくるか分からないし、力加減を失敗するとどんな怪我をするかも分からないし。


「一宮さんなら好きかも」


「え?」


「あっ、と違、わなくもないけど、気にしないであげて」


 最近は思わず口に出ることが増えてきている。


 気をつけないと取り返しのつかないことになる。


「小学生と中学生の一宮さんの写真は見た事あるんだけど、それは可愛いって思ってるよ」


「それは聞いたけど……、あれ? 私ってもう見られたくない写真見られてる?」


「今日の朝もいただきました」


 今日は一宮さんのお姉さんの膝の上で眠る小三一宮さんだった。


 寝起きには情報量が多くて数分動けなかった。


「でもこれはお姉さから貰ってるもので、俺は一宮さんから貰いたいかな」


「それなら私も皆戸君から貰いたいよ!」


「でも勝ったのは俺だし」


 意地が悪いだろうけど、俺も引けない。


 なぜなら一宮さんの写真は一枚でも多く欲しいから。


「じゃあこうしない。ゲームで勝ったらどういう写真が欲しいか頼めるの」


「昔の写真から選んで?」


「別に今のでもいいよ。これから撮るのでもいい」


「なるほど」


 それはとても惹かれる話だ。


 確かに小さい頃の一宮さんを可愛くて好きだけど、今の一宮さんにはやはり勝てない。


 その一宮さんに好きなポーズをさせて、好きなアングルから撮れるなんて明日死んでもおかしくない。


「ちなみに一宮さんが勝ったら?」


「私がお願いした皆戸君の写真を貰う」


「完全に前に俺が勝った権利が潰されてない?」


「だめ?」


 一宮さんが上目遣いで聞いてくる。


 分かっている。最近のこれは天然ではなく、友莉の入れ知恵だと。


 だけど分かっていても断れる訳がない。


「いいよ。その代わりにどんな写真だとしても断らないでよ」


「もちろん。私も断られるかもしれないお願いするつもりだから」


「何それ怖い」


 と言いつつも、楽しそうに笑う一宮さんからのお願いが気になるし、楽しみでもある。


「それじゃあ今日のゲームはね、三十秒チャレンジだよ」


 一宮さんはそう言ってスマホのストップウォッチを起動した。


「近い方が勝ちのやつ?」


「うん。妨害アリだよ」


 一宮さんが不敵に笑う。


 やはりどんな顔も可愛い。


「いいよ、どっちからやる?」


「皆戸君から」


 一宮さんはそう言って自分のスマホを差し出す。


「個人情報の塊を人に渡さないの」


「皆戸君なら変なことしないでしょ?」


「しないし、信頼は嬉しいけどね」


「大丈夫だよ。お姉ちゃんにだって設定の時しか渡したことないから」


(それはそれで駄目なのでは?)


 俺としては嬉しいけど、違う意味に捉えてしまう。


「どうしたの?」


「なんでもない。始めよっか」


「うん」


 一宮さんも妨害の準備が出来たようなので、ストップウォッチのボタンに手をかける。


「スタート」


「3、7、1──」


 案の定でたらめな数字を言ってくる一宮さん。


 だけどそれが


「終わり。27秒だね」


「な、なんで!?」


「一宮さん。妨害するのはいいけど、一定間隔で言ったら数えやすいよ」


 一宮さんはだいたい一秒ごとに数字を言うから、俺は一宮さんの言う数字を数えるだけで良かった。


「で、でも三秒もあるから勝ち目はあるよ」


「そうだね。頑張れ」


「勝った気でいられるのも今のうちだよ。スタート」


 一宮さんが目を閉じて、両手で耳を塞いだ。


「暇になっちゃった。仕方ないから一宮さんの子供の頃の写真を眺めてるね」


「え、あ、分かんなくなっちゃった……」


 耳を塞いでも集中してるからこそ周りの音がよく聞こえてしまう。


 そして一度分からなくなればそれでいい。


「あ、止めなきゃ。でも35秒、惜しい」


「危なかった。でも勝ったからお願いね」


「うん、約束だもん」


 少し不貞腐れているが、勝ち負けで一宮さんは文句を言わない。


 これで俺の望む一宮さんの写真が手に入る。


「あ、エッチなのは駄目だよ?」


「俺ってそんな目で見られてるの?」


「友莉ちゃんがなんでも言うこと聞かなきゃいけない時はそう言うといいって教えてくれた」


「帰ったら説教確定か」


 ほんとにろくでもないことしか言わない。


 次に一宮さんに変なことを吹き込んだら本気で罰を考えなければいけない。


「怒らないであげて。私が皆戸君のことを知りたくてお話してた時に教えてくれたことだから」


 一宮さんはずるい。


 そんな事言われたら怒ることなんて出来ない。


 友莉がそれを計算して話しているのなら怒るけど、多分そこまでは考えていない。


「分かったよ。一宮さんに友莉の見られたくない写真をあげることで許す」


「え、やった。友莉ちゃん、自分の写真は絶対にくれないから楽しみにしてるね」


「待ってて。今はないから今日の夜にでもあげる」


 これで少しは俺の気持ちが分かるはずだ。


「それはそれとして、写真撮ろっか」


「ど、どんなの?」


「緊張しないでいいよ。俺はするけど」


 これから頼むことは今までの俺なら絶対に頼むことのないものだ。


 拒絶されるのが怖いから。


「えっとさ、二人で並んで写真を撮って欲しいんだけど」


「……」


 一宮さんが無言で俺を見つめてくる。


 さすがに気持ち悪い提案だった。


「ごめん、忘れ──」


「撮る!」


 一宮さんが俺の発言を遮って、俺の手を握りながら叫んだ。


「え、いいの?」


「うん。固まっちゃったのは、私も同じことを頼もうとしてたからなの」


「まじですか」


 なんとも嬉しいことか。


 一宮さんからしたら『友達とのツーショット写真』が撮りたいという感じなのだろうけど、それならそれでいい。


 とにかくツーショット写真が撮れるなら俺は嬉しい。


 放課後に俺と一宮さんは人気の少ない校舎裏で写真を撮り、とてもいい気分で家に帰った。


 これが一波乱の始まりだとは気付かぬまま。

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