結婚
「にゃへへー」
(いきなり可愛いを発動するな! 心臓に悪い)
一宮さんが隣でスマホを眺めていると思ったら、いきなり可愛い笑い声? を発した。
横目で見ると、とても緩みきった顔をしている。
「どうしたの?」
「にゃ? あ、違う。えっとね、猫さんの写真見てたの。それがかわいくて」
「なるほど。見せて」
「……だめ」
「見せて」
俺がまっすぐ一宮さんを見つめると、一宮さんは露骨に目線を逸らした。
「後で友莉を叱るか」
「友莉ちゃんは悪くないの! これは内緒って言われてて、見せたら皆戸君が私を、嫌いになる……て」
「自分で言っといて落ち込まないでよ。嫌いにならないから」
俺が一宮さんを嫌いになるとしたら……、考えてみたけど有り得なかった。
「ほんとに?」
「うん、だから俺の黒歴史を消去させて」
「……どうしても?」
「何がいいのさ。それってあれでしょ? 俺が幼稚園の時にやった劇のやつ」
俺がまだ人付き合いに辟易する前(しだした時かもしれない)の幼稚園時代にやった劇で猫役をやったことがある。
普段写真から逃げる俺が絶対に逃げられない状況だからと、大量の写真を取られていた気がする。
何故かその写真は見つからなかったけど。
「とっても可愛い黒猫さんだよね」
「可愛かないから。そんなふてぶてしい猫嫌だから」
「確かに笑ってはないね。猫さん嫌だったの?」
「猫が嫌なんじゃなくて、見世物にされるのが嫌なの」
動物園の動物だって、いくらタダ飯が食べられるからって好き好んで見世物になってる訳じゃない。
それなのになんで何も貰えないのに見世物にならなければいけないのか。
そういうのはそういうことが好きな奴がやればいい。
俺に羞恥プレイの趣味はない。
「せっかく可愛いのに。でも皆戸君が嫌なら……消す」
「そんなに取っときたいの?」
「うん。でも、消す……よ」
「ちょいまち」
とても悲しそうにスマホをタップしようとした一宮さんを止める。
「そこまでならいいよ。だけどいつも通りゲームをしよう」
「やだ!」
「まさかの拒絶」
いつもなら一宮さんの方から挑んでくるのに。
「負けたら消さなきゃなんでしょ? いつも負けてるからやだ!」
「それを認めてまでか。だけど大丈夫。一宮さんが負けても消さなくていいから」
「ほんと?」
「……ほんと」
「間があった!」
それは仕方ないことだから許して欲しい。
今にも泣き出しそうな顔で上目遣いなんてされたら可愛すぎて何も言えなくなった。
「ほんとに大丈夫。一宮さんが勝っても負けても消さなくていいよ」
「それだとゲームの意味なくない?」
「あるよ。俺が勝ったら一宮さんの見せたくない写真をちょうだい」
「なるほど。確かに皆戸君の見られたくない写真を持ってるのならそれが当然だよね」
俺の黒歴史を一宮さんに保管されることよりも、一宮さんの可愛い写真を貰える方がメリットがでかい。
というかメリットしかない。
「それなら私が勝ったらもう一枚とかは……」
「その場合は負けたら消去だけどいい?」
「大丈夫、最初のルールでいこう」
「そこまでし消したくないのかい……」
嬉しいような嬉しいような。
要は嬉しい。
「あ、人には見せないでよ?」
「可愛いのに?」
「それは一宮さんの写真も他人に見せていいってこと?」
「ごめんなさい」
まぁ可愛い一宮さんを他の誰かに見せるなんてことは有り得ない事だけど。
「それでゲームの内容は?」
「前に始めた卵のやつ。成長しきったよね?」
「あ、そうだね」
前に一宮さんが持ってきた卵からの育成ゲーム。
あれが少し前に成長しきった。
だけどなんだかんだで忘れていた。
「結婚を申し込んだら負けなんだよね?」
「うん、結婚を申し込まれるぐらいに魅力的に育てられたってことだから」
メタいことを言えば、システム上で決まったことなのだろうけど、そんな野暮なことは言わない。
「私の『かいとくん』はかっこいいから皆戸君の……子は惚れちゃうよ」
「ちゃんと『りんご』と呼んでもらわないと。俺の可愛い『りんご』が可哀想でしょ」
「うぅ、皆戸君がいじめる」
俺もさすがに慣れた。
最初は呼ぶのが恥ずかしかったけど、一宮さんが『かいとくん』と連呼しているのに対抗して『りんご』呼びを特訓した。
結果的に『一宮さん』と『りんご』を一切別の存在として割り切ることに成功し、こうして復讐が出来ている。
「皆戸君がいじめるから始める」
「あ、来た」
俺の端末? に一宮さんの『かいと』がやってきた。
ドット絵ではあるが、なんだか感動する。
中では『かいと』と『りんご』がトランプやらで仲良く遊んでいる。
「なんだか私達みたいだね」
「……そうだね」
そんな事を言われると居たたまれなくなる。
だってこの後には……。
「あ、ハートマーク出た」
「……」
「あぁ、私の『かいとくん』が結婚申し込んじゃった。私の負けだ」
「……」
「さすが皆戸君だね」
(勝ったけど……)
確かに俺が勝った。だけど何故だろう、勝った気がしないのは。
おそらくは感情移入のしすぎだ。
『かいと』が『りんご』を好きになった。
それを俺と一宮さんに投影してしまったのだ。
「皆戸君?」
「なんでもない。お幸せに『りんご』」
考えるのを放棄して『かいと』と『りんご』のことは忘れることにした。
そして俺は後日一宮さんから写真を貰う約束をした。
それがまた一波乱あるのだけど、それはまた別の話。
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