皆戸みなと君」


「なに、帰りたくなった? なら仕方ない」


 俺がそう言って一宮いちみやさんの家の方に足を向けると、一宮さんに制服の袖を掴まれた。


「違うよ! なんかすごいドキドキするの」


「……」


(勘違いするから言い方変えなさい……)


 分かっている。


 男子の家に行くのが初めてだから、というドキドキではなく、初めて行く友達の家にドキドキしているのだと。


 気持ちは分かる。


 俺の場合は前者だったけど。


「連絡したら妹家に居るみたい……」


「すごい残念そうに言うね」


「実際そうだから……」


 妹は俺とは違い家に居ることの方が少ない。


 なのに今日に限って家に居るとのこと。


 幸いなのは、両親が居ないことだ。


 全員居たらとてつもなくめんどくさい事になっていた。


「妹さんのこと嫌いなの?」


「難しいことを聞くね」


 別に好きではないけど、嫌いという程でもない。


 いない方が良かったとかは思ったことがないことを考えると、嫌いではないになるのかもしれない。


「一宮さんはお姉さんのこと好きなんだよね?」


「うん、大好き」


「俺はそこまでではないかな。たまにうざいとは思うけど、駄目なことは駄目って分かってるし」


「いい子だ。そんないい子に早く会いたい」


 どうやら時間稼ぎもそろそろキツくなってきたようだ。


 どうせ逃げられないのなら潔く諦めるしかない。


「行こうか……」


「私を会わせたくない?」


「一宮さんに会わせたくないだから。そこだけは間違えないように」


 これ以上は一宮さんが自分を責め出してしまう。


 意を決して扉の鍵を開け、扉を開いた。


 すると……。


 カシャ


「よし、お兄ちゃんの熱愛現場を入手完了。これを手土産にお小遣いアップをお願いしよう」


「……一宮さん。少しだけ外で待っててもらっていい?」


「痛いことしたら駄目だよ?」


「大丈夫。妹のスマホを叩き割るだけだから」


 それなら妹は痛くない。


 スマホは痛いかもしれないけど。


「お兄ちゃんが私の命を奪おうとしてる!」


「安心しろ。お前の命は二つあるから」


「え、何言ってんの? 私の命は一つだけど?」


「一宮さん。俺は妹のこういうところが嫌い」


 人が話に乗れば手のひら返しで落としてくる。


 ほんとにうざい。


「お兄ちゃんが私を嫌いって……。ごめんなさい」


「そういうのいいから。一宮さん、これが俺の妹の皆戸 友莉ともり


 友莉がわざとらしく廊下に膝をついてしゅんとするので、無視して一宮さんに紹介する。


「皆戸君。友莉ちゃん泣きそうだよ」


「いつもの事だよ。自分が被害者みたいにして全部の責任を俺に押し付けるの」


 いつもそうだ。


 両親に泣きついて俺が悪いことにする。


 別にどうでもいいのだけど。


「なるほど」


 一宮さんが俺と友莉を交互に見て何かに納得した。


「友莉ちゃん。ゲームしよ」


「ゲーム?」


「うん。私ね、お兄さんから昔の写真を見せてもらう約束してるの。だから友莉ちゃんが私に皆戸君、お兄さんの写真を見せて、その写真のお兄さんの歳を当てられたら私の勝ち。当てられなかったら友莉ちゃんの勝ち」


「勝ったら何かあるんですか?」


「あるよ。皆戸君がなんでも言うことを一つ聞いてくれるの」


「どういうことです──」


 初めて聞いた話なので、説明を求めようとしたら、一宮さんに「ね」と笑顔で言われたからもう従う以外に選択肢がない。


「皆戸君からの同意も得られたからやろ」


「お兄ちゃんが何でも……。やる。ちょっと待っててください」


 友莉はそう言って手に持つスマホを操作しだした。


(なんで俺の昔の写真を探すのにスマホをいじるんだよ)


 友莉は俺のことをたまに盗撮することがある。


 だからスマホの中に俺ね写真があるのは分かる。


 だけどそれは友莉がスマホを買ってもらってからだから、最近の俺しかないはずだ。


 そもそも俺の昔の写真なんて、アルバムに残っているかも怪しいのに。


「じゃあこれで」


「こ、これは!」


(おい、どういうことだよ……)


 友莉が出した写真は、俺が赤ん坊でハイハイしてる写真だ。


 確かにその頃は写真から逃げるなんて発想すらないから、写真を撮られていてもおかしくない。


 だけどそんなのが友莉のスマホに入っているのはおかしい。


「これ皆戸君?」


「はい。ま、お母さんから写真を借りてスマホに取り込んだやつです」


「何してんだよ……」


「だ、だってお兄ちゃんが可愛かったから……」


 俺が呆れたように言うと、友莉がまたもしゅんと項垂うなだれる。


「確かに可愛い。でも赤ちゃんってことは0歳から3才ぐらいだよね。ハイハイしてるってことは1才近いから……」


 一宮さんがいつにも増して考察している(褒めている)。


「つまり答えは1才」


「……正解です」


「さすがに簡単だよね」


 ほとんど二択みたいなものだ。


「じゃあこの勝負は一宮さん? の勝ちです」


「あ、自己紹介してなかった。私は一宮……鈴胡です」


「鈴胡さんですね」


「名前変じゃない?」


「可愛いと思いますよ?」


「ほんと?」


 一宮さんが何かを考えるように俯く。


「分かった。友莉ちゃんが敬語やめてくれたら名前でもいいよ」


「じゃあやめないです」


「え……」


「嘘です。じゃなかった。嘘だよ」


「ちょっといじわるなところが皆戸君と似てる」


 酷い罵倒だ。俺はあんなに可愛いことは言えない。


 舌を出して許されるのは可愛い子だけの特権なのだから。


「それじゃあ今のは鈴胡さんの勝ちで、次のゲームをしよ」


「そうだね。次はどんな皆戸君が見れるかな」


「ちょい待ちなさい」


 こうして俺の撮られた記憶のない昔の写真を公開し続けるという謎ゲームが続いた。


 最後の方は勝ち負けなんか気にせずに、ただ俺の写真を一宮さんと友莉で眺めるだけになっていた。

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