コイントス

「皆戸君のお家って学校から近いの?」


「ん? まぁそうだね」


 帰りの準備をしていたら一宮さんがいきなりそんな事を言う。


 俺の家は学校から歩いて十分程度の場所にある。近いから選んだ訳だし。


「一宮さんも近いよね」


「うん。でも小学校と中学校は違ったんだね」


 一宮さんの家に行った時に思ったが、ちょうど学区の境目のようで、家同士は徒歩で行けなくはない距離だけど、学校は違うようだった。


「一宮さんの小学校の頃って……可愛かったよね」


 俺が言葉につまりながら言うと、一宮さんにジト目で睨まれた。


「お姉ちゃん?」


「お姉さんに写真見せてもらった」


 一宮さんのお姉さんとは何故か連絡先を交換して、ほとんど毎日一宮さんの小さい頃の写真が送られて……送っていただいている。


 幼稚園以前の写真はないけど、小学一年から日に日に大きくなっていっている。


 文字通り成長過程が毎日写真でくる、


「だからお姉ちゃんがアルバム探してたのか……」


「ごめん、嫌だよね。可愛かったからつい」


 最初は面と向かって『可愛い』と言うのに抵抗があったけど『小さい頃は』というのを付ければ何とか言える。


「……可愛いの?」


「めちゃくちゃ可愛い。なんかボーッとしてる写真が多いけど、それがまた……」


 言ってて自分の気持ち悪さに気づく。


 一宮さんが可愛いのは当たり前の事だけど、それを熱弁するのは気持ち悪い。


 だけど仕方ない。可愛いのだから。


「ほんとにごめんね。今まで貰ったのは全部消すし、お姉さんにも言うから」


 俺はそう言ってまずはお姉さんとのトーク画面に向かう。


 そしてその後は保存したやつを消して、バックアップと、帰ったらパソコンに保存しておいたのも消さなくてはいけない。


(改めて見るとやばいな俺)


 いくら可愛いとはいえ、まるでストーカーだ。


 だけど何が一番怖いって、それを無意識にやっていて、やってた時の記憶が無い事だ。


 気づいたのは、パソコンを開いて謎のフォルダがある事に気づいた時。


(あの時はビビった……)


 自分にそんな行動力があった事と、そこまでやるのかというアホさ加減に。


「さらば昔の一宮さん」


 そう言って画像を消そうとするが、指が動かない。


「頭では分かってるのに……」


「そんなに消したくない?」


「消したくないです」


 ここで嘘をつく必要もないので、素直に答える。


「……ほんとに可愛いって思ってくれてる?」


「もちろん。日に日に可愛さが増してるから毎日楽しみなんだよね」


 何日経ったら今の可愛さに追いつくのか。


 昔は昔で違う可愛さがあるけど。


「分かった。ゲームしよ」


「俺が勝ったら残していいの?」


「いいけど、タダでは駄目」


「いくら?」


 俺は鞄から財布を出す。


 バイトはしてないからそんなにないけど、写真を残していいのならいくらでも払う。


「お金じゃないよ! 私も皆戸君の小さい頃の写真が見たい」


「いいけど、写真嫌いだからそんなにないよ?」


 俺は今も昔も写真が嫌いだ。


 そもそも自分が嫌いだから、自分を見る事が出来る写真が好きでは無い。


 だから写真からは逃げて来た。


 両親は撮りたがっていたけど。


「妹のなら大量にあるんだけど」


「妹さん?」


「いるの言ってなかったっけ? あいつは写真大好きだから結構あるよ」


 妹は俺と違って自分大好き人間だ。


 だから自撮りをしてるのもよく見るし、何かにつけて写真を撮っている。


 画像だけでスマホの容量がいっぱいという現代っ子だ。


「会ってみたい」


「うわ、一宮さんが俺をお姉さんに会わせたくない気持ちがすごい分かった」


「私が妹さんを好きになっちゃう?」


「逆。妹が絶対に一宮さんを好きになる」


(だって俺の妹だから)


 性格なんかは真逆なのに、変なところで俺と妹は似ているらしいから。


「じゃあ皆戸君が勝ったら私の写真は残してよくて、昔の写真と妹さんに会わせて」


「……分かった。勝負内容は?」


「お財布出したし、コイントスでどう?」


「完全な運ゲーか……」


 さすがにコイントスの表と裏を操作出来る程コイントスの練習なんてしていない。


 今回は本当に運ゲーだ。


「じゃあコインを上げて、床に落ちる前に宣言しよ」


「分かった。平等院鳳凰堂が表でいいね?」


「うん」


 十円の表と裏がどちらかは忘れたけど、正直どっちでもいい。


 今回はいつも以上に勝たなくてはいけない。


「……よし」


 俺は一つ意気込んでからコインを打った。


「じゃあ私は表」


「なら俺は裏」


 どっちを選んでもどうせ分からないのだから、余った方で構わない。


(頼むぞ……)


 妹を一宮さんに会わせる訳にはいかない。


(勝たない……あれ?)


 そこで少し引っかかりを覚える。


 確か俺が勝ったら一宮さんの画像を残していい。


 だけどその代わりに俺の昔の写真を見せて、妹にも会わせる。


「あ、裏だ。私の負けー」


「俺の勝ち……。えーっと、頭が回らない。これって俺が負けてたらどうなってたの?」


「私の画像は全部削除だけ」


「そうだよね……」


(どっちにしろ詰んでるじゃないか……)


 俺が勝ったら一宮さんの画像は残せるけど、妹に会わせなくてはいけない。


 俺が負けたら、妹に会わせなくていいけど、画像は全部削除。


「勝っても負けても私はいいのですよ」


「試合に勝って勝負に負けた……」


「負けたけど勝った気分♪」


 まぁこの嬉しそうな一宮さんが見れたからプラスと考える。


(妹に貢ぎ物でもして口裏合わせしないと)


「じゃあ今日行っていい?」


「今日ですか?」


「駄目、だよね。ごめん」


 さっきまで嬉しそうだった一宮さんが、一気にしゅんとなる。


「……大丈夫です。今日で」


「ほんとに? やったー」


 さっきのが演技とは到底思えない。


 落ち込んだ一宮さんなんか見たくないから、これも仕方ないのだ。


 全てを諦めて妹がまともな対応をしてくれる事を祈る。

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