「皆戸君の記憶はいつか消すからね」


「……はい」


一宮さんはそう言って部屋を出ていく。


正直俺はそれどころではない。


叩いて被っての片付けを済ました後、俺は一宮さんの部屋に案内された。


ゲームが沢山あるのかと思っていたけど、実際は『女の子の部屋』を体現したような可愛らしい部屋だった。


色合いが淡いピンクのものが多く、枕の横にはクマのぬいぐるみが座っている。


「毎日抱いて寝てらっしゃるのかな?」


するのは駄目なのだろうけど、想像したら可愛すぎた。


だからきっと気のせいだ。


一宮さんが出ていった時にクローゼットが少し開いて、見てはいけないと思ったけど、視界に入ってしまった。


乱雑に入れられた様々なゲームの山が。


「俺が来るからって急いで片付けたのか……」


きっと誰が来ても片付けるのだろうけど、見られたら恥ずかしいと思ってくれるぐらいには意識してもらえて嬉しく思う。


逆に片付けなくても平気と思われるぐらいに信頼されても嬉しいけど。


「とりあえず見なかったことにしよう」


「何を?」


俺が独り言を言ったタイミングでお盆を持った一宮さんがやって来た。


「なんでもないです」


「そう? それより紅茶で良かった? コーヒーもあるけど私が飲めなくて」


お盆の上には紅茶の入ったマグカップが二つと、お茶請けにクッキーが載っていた。


「俺もコーヒー飲めないです」


正確には無理をするか、甘くすれば一応飲める。


だけど後味がどうも苦手だからわざわざ飲みたいとは思わない。


「一緒だ」


「そうですね」


「何か後暗いことでもあるの? 下着が落ちてたとかじゃないよね!?」


一宮さんが辺りを見回す。


「……」


「その無言はなに? まぁいいや。それよりお姉ちゃんはもう少ししたら来るから」


「なるほど」


「いや、ほんとに何?」


「気にしないであげて」


なら俺も空気を読むことにする。


「なんか気になる。もしかしてほんとに下着が落ちててポケットに入れたりした?」


「さすがにしないよ。多分落ちてたら二度見して見なかったことにする」


「紳士なのかエッチなのかわからないよ」


「じゃあゲームをしよう」


困った時はゲームをするのが俺達だ。


「勝った方が負けた方に聞きたいことを聞いて、負けた方はそれを正直に答える」


「正直の判断は?」


「一宮さんは嘘つかないでしょ?」


「私が負ける前提だよ」


もちろん俺が負けたら正直になんでも話す。


どっちにしろこれが一番手っ取り早い。


「ゲーム内容は?」


「何にしようか……」


クローゼットの中のものを使えたら簡単なのだけど、俺にそれは見えていないから使えない。


自分で考えるのは難しい。


いつもパッと内容を決める一宮さんのすごさがわかった。


「じゃあ俺が三つお姉さんについて質問するから、一つだけ嘘を踏まえて答えてよ。おれがそれを当てられたら勝ちで」


「だから嘘の判断は?」


「後でお姉さんに聞けばいいよ」


「それでいいならいいけど」


「じゃあ始めよう。一つ目の質問は『このクッキーはお姉さんが作った?』で」


俺はそう言ってお皿に載った綺麗なツートン柄のクッキーを手に取る。


「イエスで」


「お姉さん料理上手なんだね」


そう言ってクッキーを食べる。


「食べてから言うべきだった。美味しい」


「ありがとう」


「何故に一宮さんが言うの?」


「お姉ちゃんのこと褒められて嬉しくなった」


一宮さんがはにかんだように笑う。


「そう。じゃあ次の質問は『お姉さんはコーヒーが飲めない』で」


「ノーで」


「飲めるんだ」


「もちろん。大人の女性だから」


一宮さんが胸を張りながら言う。


別に飲めなくても大人にはなれるだろうけど、そういうことではないだろうから何も言わない。


「じゃあ最後の質問は『この部屋の片付けはお姉さんとやっ──」


「てない!」


俺が言い切る前に部屋の扉が開いてが叫びながら入ってきた。


「いつも綺麗だもん!」


「ちなみに答えは?」


俺は向かい側の一宮さんに問う。


「イエスで」


「してないよ!」


「じゃあ答えは──」


「無視は酷いよ……」


一宮さんが本気で落ち込んでしまった。


「ごめんて。だけど先に騙したのは一宮さんだよ?」


「ごめんなさい」


「でも提案はお姉さんですよね?」


「ごめんなさい」


これを似た者姉妹と片付けるのは簡単だけど、多分お姉さんの方は一切反省していない。


「ちなみにいつからバレてた?」


「最初からですね。一宮さんが出ていって、帰って来たのがお姉さんだったので驚きましたよ」


だから最初は敬語で話していたけど、お姉さんが一宮さんのフリをしていることがわかったから途中で敬語はやめた。


「服とか全部同じにしたのになんでわかったの?」


「え、なんでとは?」


確かに見た目は似ているけど、雰囲気が違うのだからわかって当然だ。


「嘘ついてるようには見えないんだよね。私と妹って普通にしてても間違えられるんだよ」


お姉さんはそう言って髪を後ろでまとめる。


「三姉妹に間違われるんですよね?」


「あぁ、お母さん? そだね、ちなみに親子って言うと私が母親だと思われるんだよね」


なんとなくわかる気がする。


今少し話しただけでもしっかりしている人なのがわかる。


「今皆戸君がバカにした気がする」


「してないよ。一宮さんは素直ないい子だって思っただけ」


「それはつまり私は腹黒で人をすぐに騙す酷い女だってことかな?」


「そこまでは言わないですよ。人は騙すけど、妹想いのいい人なのはわかりますから」


一宮さんのフリをして俺に会ったのだって、一宮さんと一緒に居るのが変な男じゃないかを見る為だろうし。


「私を口説いても妹はあげないよ?」


「そういうのはいいですよ。それよりも、お姉さんはコーヒーが飲めないのに自分を大人の女性って言うんですね」


「……飲めるけど?」


さっきのゲームでの嘘は二番目の『コーヒーが飲める』ことだ。


クッキーを褒めて喜んだのは素で嬉しかったのだろうが、お礼を言ったから事実だ。


部屋を片付けたのは一宮さんの反応からこれも事実。


つまり消去法でコーヒーが飲めることは嘘になる。


「お姉ちゃんはコーヒー飲めないもん」


「我が妹よ。なぜ裏切る」


「皆戸君に会いたいっていきなり言うからお片付けを一緒にしてって頼んだけど、それを嘘にしなかったから」


一宮さんが拗ねたようにそっぽを向く。


「怒った姿も可愛い」


(同意)


この数分でわかったことは、俺とお姉さんは気が合うということだ。


それから俺とお姉さんで一宮さんのご機嫌取りを開始した。

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