叩いて被って

「皆戸君、最終確認だけど、お姉ちゃんを好きになるのはいいけど私とゲームはしてね」


「するから。ちゃんと約束したでしょ?」


 俺は今それどころではない。


 学校が終わり、一宮さんのお姉さんに会いに来たのだが、失念していた。


 お姉さんに会うということはつまり、一宮さんの家に行くということだと。


 ちなみに約束とは指切りと、その後にティッシュ相撲で俺が勝ち、一宮さんとこれからもゲームをすることを約束した。


(約束の方も告白みたいであれなのに、いきなり家とか……)


 心が落ち着かないが、俺のそんな男心なんか知る由もない一宮さんが玄関の扉を開ける。


「入って」


「お邪魔します」


「お邪魔されまーす」


 俺が扉をくぐると、おそらくリビングの扉が開き、中から一宮さんと同い年ぐらいの女の人が出てきた。


(双子?)


「お邪魔します」


「さっき聞いたよぉ、ゆっくりしていってね」


 なんだかとてもふわふわした人だ。


 一宮さんもふわふわしてると思ったけど、それを軽く超えるふわふわ度だ。


 だけど一宮さんのお姉さんはかっこいい人だと勝手にイメージしていたから意外に思う。


「もう、はいいの!」


「お母さん?」


 思わず二度見してしまった。


 どう見ても一宮さんと同い年ぐらいにしか見えない。


「そういう反応してくれる子好きよ。よく三つ子に間違われるのぉ」


 一宮さんのお母さんが嬉しそうに言う。


 確かに間違われるのは仕方ない。


「お母さん!」


「あららぁ、怒らせちゃった。りーちゃんのお友達って言うから嬉しくて。ごめんね」


「わかったから戻ってよ。今日はお姉ちゃんに言われたから仕方なく連れてきたんだもん」


(仕方なく……)


 わかっている。一宮さんに悪気がないことは。


 わかっていても結構くるものがある。


「りーちゃん。その言い方だとお友達を家に呼びたくないって聞こえちゃうよ」


「ほんとは呼びたくないよ。皆戸君取られちゃうもん」


「可愛いんだからぁ」(可愛いかよ)


 一宮さんのあまりの可愛さに、お母さんと同じ反応を同じタイミングでしてしまった。


「あららぁ」


 何故かお母さんに視線を向けられる。


「皆戸君でいいのよね? いつもりーちゃんから聞いてるのよ。りーちゃんをこれからもよろしくね。それと──」


「お母さん!」


 一宮さんが顔を赤くしてお母さんをリビングに戻そうとする。


「りーちゃん照れて可愛い。皆戸君、頑張ってねぇ」


 お母さんが手を振りながらそう言うと、一宮さんがリビングの扉を閉めた。


「可愛らしいお母さんだね」


「……れて」


「ん?」


「今の全部忘れて」


 一宮さんが顔を真っ赤にして俺を睨む。


「え、無理」


 ちょっと色々と可愛すぎて忘れるなんて不可能だ。


「ちょっとそこで待ってて」


 一宮さんはそう言って階段を上がっていった。


 するとリビングの扉が少し開いた。


「皆戸君、皆戸君」


 お母さんが手招きしながら俺を呼ぶ。


「はい」


「多分これが必要だから」


 そう言ってお母さんが俺に新聞紙を渡してきた。


「じゃあ色々と頑張って」


「頑張ります」


 多分色々と言うぐらいだから色々バレているんだろうけど、とりあえずこれからやるゲームを頑張ることにする。


 そんなことを考えていると、一宮さんがおそらく自転車用のヘルメットを手に持って下りてきた。


「後は……ってなんで新聞紙持ってるの?」


「こっちのセリフだけど、そういうことね」


 新聞紙とヘルメットが揃ってやることと言えば。


「叩いて被ってね」


「うん。これで皆戸君の記憶を消す」


 一宮さんはそう言ってヘルメットを振り回しながら言う。


「それで殴られると記憶と一緒に意識が消えそうなんだけど」


「違うよ! これは被る方」


 一宮さんはそう言ってヘルメットを被る。


(なんでも可愛いな)


「一個しかないからこれで許して」


「むしろごほ……なんでもない」


 そろそろ自制しなければいけない。


 今回は一宮さんに本気で殴られて気持ちを入れ替える必要があるかもしれない。


「やるよ」


(まぁ手は抜けないんだけど)


 一宮さんの真剣な目を見ると、わざと負けるなんてことが出来ない。


 それは一宮さんに失礼だ。


 新聞紙を棒状に丸めたものをヘルメットを挟むように二本置いてスタートだ。


「叩いてかぶってジャンケンポン」


 一宮さんの掛け声と共にじゃんけんをする。


 勝ったのは俺。


 一宮さんがヘルメットを取るよりも早く棒を取れたから確実に叩ける。


 振りかぶる時間が惜しいので腕を伸ばすように一宮さんの頭の方に持っていく。


 だけどここで考える。


(一宮さんの頭を殴る?)


 そんなことが出来る訳がない。


 力を込めなければ痛くはないだろう、だけど『一宮さんの頭を叩く』という行為をする自分が許せない。


 一宮さんとは真剣勝負だからここで考えるのも失礼だけど、手が止まって動かない。


 どうしたものかと考えていたら。


「ありゃ?」


 一宮さんが棒ごとヘルメットを被った。


「えーっと、これは俺の勝ちでいいの?」


「自滅……。私の負けです」


 結果的に良かった。


 一宮さんの頭を殴らずに済んだのだから。


 そして落ち込みながら片付けをする一宮さんを手伝おうとしたら「紳士さんねぇ」という声がリビングの方から聞こえてきた。


 多分一宮さんには聞こえてないけど、一宮さんに殴られてみたかったと、少し思ったとは言えない。

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