ティッシュ

「皆戸君、ゲームしてくれる?」


「いいけど」


 週末明けに学校に行くと、少し元気の無い一宮さんが居た。


 何かあったのかと思っていたが、どうやら重症のようだった。


 なぜなら、ゲームの申し込みを悲しそうにする一宮さんなんて初めて見たからだ。


「何かあったの?」


「それは私に勝てたら教えてあげる」


 なんだかいつにも増してやる気だ。


 怖いぐらいに。


「やるゲームはこれ」


 一宮さんはそう言ってポケットから動物の絵がプリントされたティッシュを取り出した。


(シリアスっぽいのに可愛い)


 顔は真剣そのものだけど、手に持つティッシュが可愛いせいで和んでしまう。


「余裕そうだね。でも今日は絶対に勝つから」


「ほんとにどうしたの?」


「だから勝ったら教えてあげる。あ、まぁいっか」


 一宮さんはそう言ってティッシュを二枚取り出し、一枚を俺に渡してくれた。


 どうやらちょうど最後の二枚だったようだ。


「やるのは『ティッシュ相撲』。草相撲のティッシュ版だと思ってくれれば大丈夫。ティッシュの両端を掴んでお互いに引っ張りあって破けた方の負け」


「なるほどね。改造はあり?」


「うん。ねじって強くしていいよ」


 一宮さんはそう言って自分の持つティッシュをねじり始めた。


 このゲームはティッシュをねじればねじるだけ強くなって勝ちが近づく。


 だけど。


「俺は準備出来たよ」


「ちょっと待ってね。後少しだけ」


「やりすぎないようにね」


 一宮さんのティッシュはねじりすぎて、ねじったところがねじれてきた。


「あと、すこ──」


「あらら」


 ねじったのを引っ張って更にねじろうとしたらティッシュが破れた。


 普通のティッシュなら二枚重ねだからいけたかもしれないけど、ポケットティッシュだからそこまでの耐久力はなかった。


「……皆戸君」


「持ってるけどこれは俺の不戦勝だよね?」


「……うん」


 一宮さんはゲームに嘘をつかない。


 たとえどんな結果でも負けを否定はしない。


「再戦受けるけど、どうしたのかだけは教えて」


「……わかった」


 一宮さんが意を決したような表情で俺の方に身体を向ける。


「えっとね、皆戸君にお姉ちゃんの話はしたよね?」


「うん」


「そのお姉ちゃんがね、皆戸君に会いたいって言ってて」


「……」


 この場合どちらを聞くのが正解なのだろうか。


『なんでお姉さんが俺に会いたいのか』と『なんでそれを言いたくなかったのか』のどちらを。


「困るよね。やっぱりお姉ちゃんには私が断っておくね」


「いや、会うのは全然いいよ」


 お姉さんには会ってみたいと思っていたからちょうどいい。


 それになんだか断ると一宮さんに不利益なことが起こりそうだから。


「一宮さんは会わせたくない感じ?」


「うん、お姉ちゃん綺麗な人だから皆戸君取られちゃうもん」


(……ん?)


 とりあえず「可愛い」と叫びたいところだけど、それ以上に気になることを言われたせいでそれどころではない。


(俺を取られるって?)


「皆戸君、お姉ちゃんに会ったら絶対好きになっちゃうもん。そしたら私とゲームしてくれなくなっちゃう」


「あぁ……、そういうね」


 安心したような残念なような。


 つまりはお姉さんに頼まれたから俺を会わせたいけど、会わせたら俺がお姉さんに惚れて遊び相手がいなくなるのが嫌だったということみたいだ。


「それなら大丈夫だよ」


「え?」


「お姉さんがどんなに綺麗な人でも、俺の第一優先は一宮さんだから」


 一宮さんのお姉さんが綺麗な人なのは見なくてもわかる。


 だって一宮さんのお姉さんなのだから。


「それってつまり……」


(言い方間違えたか?)


 捉え方によっては告白に聞こえてもおかしくない。


 ここで言い訳をしても仕方ないので、一宮さんの次の言葉を待つ。


「私とずっとゲームをしてくれるってこと?」


「うん、する。だからそのままの一宮さんでいて」


「えと……」


「気にしないで。一宮さんが一宮さんである限りはずっと変わらないってことだから」


 言ってるこっちがわからないのだから、言われてる一宮さんがわかる訳がない。


 だけどそれでいい。


 早すぎた告白はうやむやになったはずだから。


「とにかくお姉さんには会うよ。だけどそれで一宮さんとゲームをしなくなることは絶対にないことだけは約束する」


「ほんとに?」


「ほんとに。指切りする?」


 俺が冗談で小指を出すと、一宮さんが俺の小指に可愛い小指を絡ませてきた。


「ゆーびきーりげーんまーん嘘ついたら針千本のーますゆーびきった」


(可愛いかよ……)


 そんなことをされたら指を離したくなくなる。


 離すけど。


「でも針千本は痛いから、ほっぺたつねるだけにするね」


(ご褒美だよ……)


 そんなことをされたら嬉しさで昇天する。


 それはそれで一宮さんと会えなくなるから罰ではあるけど。


「絶対に守るよ。ちなみにだけど、一宮さんがさっきのゲームで勝ってたら何を言うつもりだったの?」


「あ、勝った時のお願い言ってなかった。えっとね『お姉ちゃんに会ってください』と『お姉ちゃんに会っても私とゲームをしてください』ってお願いしようと思ってたの」


「じゃあ良かった」


 結果的にそれは叶っている。


 頼まれなくても一宮さんとゲームをしなくなることはないけど。


「それでいつ会えばいいの?」


「急なんだけど、出来れば今日」


「いいよ、基本暇だし」


 ということで、一宮さんのお姉さんと会うことになった。


 だけど俺は一つ忘れていたことがある。


 お姉さんに会いにいくということの意味に。

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