漫画
「あ」
「あ、皆戸君だ」
漫画の新作が出ているからと本屋に出かけた帰り道、休日の私服一宮さんと遭遇した。
(うん、可愛い。けど……)
私服を見るのは初めてだけど、服の色が全体的に暗めだ。
服の名前には詳しくないけど、暗い青のセーターに同じく暗めのパンツを履いている。
一宮さんが着てるから可愛く見えるけど、多分どちらかと言うとかっこいい感じの服だ。
「どうしたの?」
「多分失礼なんだろうけど聞いていい?」
「いいよ」
「なんか服装が一宮さんって感じがしなくて」
学校での一宮さんしか知らないから、実はかっこいいものが好きなのかもしれない。
それならそれでギャップかあっていい。
「これね、お姉ちゃんのなの」
一宮さんが嬉しそうにセーターの袖を掴んで腕を広げる。
「お姉さん?」
「うん、なんかね実験? って言ってた」
よくはわからないけど、お姉さんの服なら納得だ。
まだ一宮さんがこういう服が好きな可能性はあるけど。
「私はもっと可愛いお洋服が好きだけど、お姉ちゃんの服も好き」
「そっか、でも似合ってるよ」
「ほんと? お姉ちゃんの服が似合ってるって言われるの嬉しい」
一宮さんがとてつもなく可愛い笑顔を俺に向ける。
心臓に悪いからやめて欲しいけど、見ていたいジレンマが発動する。
「私はお散歩だけど、皆戸君はお買い物?」
一宮さんが俺の持つ袋を見てそう聞いてくる。
「うん、漫画を買いに」
「漫画、お姉ちゃんが買ったのを私も読むよ」
多分それは少女漫画だろうけど、俺が買うのは普通の少年漫画や青年漫画だから一宮さんの興味は引けないだろう。
「なんかね、絶対に見せてくれないのもあるの」
「そうなんだ」
「私にはまだ早いって。早いってなんなんだろうね?」
(BLかエロ本でしょうか)
もしもそうならお姉さんとは話が合うような気がする。
俺がそういう本を好きな訳ではなく、勝手な偏見で、そういう本を好きな人は漫画に抵抗のない人だと思う。
「それならこうい──」
「ちょっと待って」
俺が漫画を見せて、お姉さんの持ってる漫画と同じかどうか確認しようとしたら、それを一宮さんに手で止められた。
(そういうことをすると勘違いするでしょ)
「私が当てたい」
「今日のゲーム?」
「うん。私が質問して当てるの」
(いいから手を離しなさい。嬉しいよ? 嬉しいんだけど)
このままだとゲームに集中出来ない。
それが狙いなのだとしたら策士だ。
「あ、ごめんね」
一宮さんはそう言って手を離す。
良かったような残念なような。
「それで一宮さんが当てられたら勝ちで当てられなかったら負けってこと?」
「それだとつまんないから、皆戸君は今日私がお出かけしてる理由を当てて」
「いいの?」
「ん? いいよ?」
一宮さんがいいならそれでいい。
でも圧倒的に俺が有利だ。
「一宮さんは何を当てれば勝ちになるの?」
「タイトルって言いたいけど、さすがにわかんないから、ジャンルにしよ」
「それなら簡単か」
今日買ったのはジャンルかけるジャンルみたいな難しいやつでもない単純なラブコメだからわかりやすいだろうし、ちゃんと一冊だから言い訳も出来ない。
したことはないけど。
「質問の回数は?」
「最大で五回にしよっか。足りない?」
「俺はいいよ。ジャンルもそれで当てられると思うし」
俺の方も一回質問出来ればそれでわかるから問題ない。
「じゃあ私からね。それは戦うシーンはありますか?」
「まぁ無いかな。戦うを別の意味にしたらあるけど」
日常系ラブコメだから殴り合いみたいな戦闘シーンはない。
だけど恋は戦争って見方をしたらあるとも言える。
「なるほど。じゃあ恋をする?」
「する」
「わかった、けどどう言えばいいの? 恋愛もの?」
「まぁそれで正解でいいと思う。正確にはラブコメだけど」
ラブコメなんて普段から漫画やアニメを見たりする人じゃないとなかなか出てこないだろうから恋愛ものでいいと思う。
「やった、二回だよ二回。これは私の勝ちじゃないかな」
「わかんないよ?」
「強がっていられるのも今のうちだよ」
休みの今日も一宮さんのドヤ顔が見れていい日だ。
もう俺の負けでいい。
だけどこれで俺が勝ってからの一宮さんも見たい。
「じゃあ質問するね。今日は誰かに頼まれて外に出た?」
「ううん、違うよ」
「じゃあ答えは散歩」
「……正解」
もしかしたらお姉さんに買い物を頼まれてた可能性もあったからその可能性だけは潰したけど、手ぶらだったからその可能性は元からゼロに近かった。
「なんでわかったの?」
「だってさっき自分で言ってたじゃん」
「あ……」
(ドヤ顔もいいけど、ポカン顔もやっぱり可愛い)
休日にまで可愛い一宮さんを見れて大満足な俺だけど、この時の俺は気づいていなかった。
これが大変な事件を招くことに。
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