お弁当

「皆戸君、やろっか」


「言い方よ……」


 一宮さんが首をコテンと傾ける。


 わかっている、ゲームのお誘いであることは。


 俺の心が汚いだけだ。


「今日は何するの?」


「皆戸君はいつもお昼はコンビニのパンだよね?」


「そうだね、朝は出来るだけ寝てたい派だから」


 料理が出来ない訳ではないけど、わざわざ朝早くに起きて何か作るのがめんどくさい。


 両親も俺のお弁当を作るよりはお昼代を置いていく方が楽だという考え方の人達だから仕方ない。


「一宮さんはお弁当だよね?」


 一緒に食べている訳ではないけど、一宮さんがお弁当箱を持って友達のところに行くのを見ただけだ。


「うん、お母さんのお弁当美味しいの」


 一宮さんがとても嬉しそうな笑顔になる。


「優しいお母さんだね。うちは放任主義だから」


「頼んでみたら? 作ってくれるよきっと」


「別にいいかな。朝と昼は個人の自由がうちだから」


 その代わりに夜は当番制で作り全員で食べることになっている。


「じゃあ私が作ってあげようか?」


「……え?」


 正直に言うと食べてみたい。


 だけどそれを素直に言うのはどうかと思うし、それ以上に一宮さんが料理をしてる姿が想像出来ない。


「絶対バカにしたでしょ」


「してない。ちなみに料理経験は?」


「ゼロ。危ないからってお母さんがやらせてくれないの。でも未経験は出来ないってことじゃないよね?」


 そのポジティブさを見習いたい。


 だけど一宮さんのお母さんの言う通り、危ない気がする。


「お母さんの許しが出たらお願いしようかな」


「じゃあ頑張って説得する」


 一宮さんがとてもやる気に満ちた顔になった。


(素直に嬉しいな)


 一宮さんの手料理ってだけで嬉しいのに、俺の為に頑張ってくれるというのが更に嬉しい。


「あ、ゲームするんだった」


「俺も普通に忘れてた」


 一宮さんの料理恐るべしだ。


「えっとね、今回のゲームは『予想ゲーム』」


「俺不利じゃない?」


「説明してないの!」


 一宮さんが頬を膨らませて怒ってしまった。


 名前から説明の必要性を感じないけど、可愛い一宮さんを見れたので何でもいい。


「説明お願い」


「わかってるなら教えないもん」


(可愛いかよ!)


 一宮さんが拗ねてそっぽを向いてしまった。


 だけど俺は今一宮さんに見せられない顔になっているからちょうどいい。


「ごめんて、一宮さんとゲームしたい」


「今度からちゃんと説明聞く?」


「ちゃんと聞く」


(一宮さんの言葉ならどんなことでも)


 なんて本人には言えない気持ち悪いことを考えていると、一宮さんがチラッとこちらを向いてくれた。


「『予想ゲーム』はね、お互いのお昼を当てるゲーム」


(知ってた)


「……」


「だからごめんて」


 またも一宮さんが拗ねてしまった。


 だけど想像通りだったのだから仕方ないと思う。


「一宮さんが勝ったらどんなことでも言うこと聞くから」


「どんなことでも?」


「さすがに二度と学校来るなとかは駄目だよ?」


(一宮さんとゲームを口実に話せなくなるし)


「そんなお願いしないもん! それだと皆戸君とゲーム出来なくなっちゃう」


「なんか一宮さんに勝ちをあげたい」


 何もしなくても一宮さんの勝ちでいい。


 もうおなかいっぱいだ。


「勝ちを譲られるの嫌いなの!」


「知ってる。ちなみに当てるのは全部?」


「ううん、それだと皆戸君が不利だから一つ当てればいいの。お互い当てたら次のやつにいくの」


「わかった。俺からでいい?」


 一宮さんが頷いて答える。


(これ俺の勝ち確定なのでは?)


 本来は決まったサンドイッチしか買わない俺が圧倒的に不利なゲームだ。


 一宮さんの場合は種類はあるけどお弁当である以上その日のお母さんの気分で変わることがあるから。


 だけどこのゲームは絶対に俺が勝つ。


 正確に言うと


「確実なとこでご飯」


「正解。それはわかるよね。だけど私は知ってるんだよ、皆戸君が決まったミックスサンドしか買わないことを」


(ドヤ顔可愛い)


「なんだかバカにされた気がするけどいいや。じゃあたまごサンド」


「残念」


「う、嘘は駄目だよ。だっていつも同じの食べてるじゃん」


 俺を見ててくれてることが純粋に嬉しい。


 まぁだから挑んできたのだろうけど。


「まさか買う時間なくて買えなかった? 私の食べる?」


「優しいなほんと。でも忘れてないよ」


「じゃあ今日に限って他のを買ったの?」


「ううん、今日に限って気まぐれでお弁当を作ってきました」


 俺はそう言ってリュックからお弁当の包みを取り出した。


 本当にただの気まぐれだ。


 朝に時間があったから朝ごはんと昨日の残り物を詰めてみた。


「負けました……」


「じゃあ勝ったご褒美にお昼を一緒に食べようか」


「うん」


「……え、いいの?」


 冗談のつもりで言ったのにまさかのオーケー。


「駄目なの?」


「いつも友達と食べてるから」


「皆戸君もお友達でしょ?」


「……そうだね」


 友達と思ってくれたことは嬉しい。


 だけどそれと同時に悲しさもきてしまうのは欲張りだろうか。


 嬉しいことに変わりはないから一宮さんの優しさを素直に受け取っておく。


 そして今日のお昼は一宮さんと一緒に食べた。


 なんだかいつもよりも美味しく感じたのは気のせいではない。

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