76話 死んでもず~っと一緒だから
『とうとう、また二人きりになっちゃったわね』
『ふふっ、そうだね~~』
……夢だ。もう何十回も見た、蓮と結婚する未来の夢。
だけど、今莉愛が見ている夢は、いつもとかなり違うものだった。
『結婚してから何年経つんだっけ?大体……30年?』
『後95日で30年になりますよ、莉愛さん』
『え、ウソ?そんなに経ったんだ~~ふふっ』
目の前の二人は、初老のおじさんとおばさんだったから。
のどかな春の日。桜の花びらが舞い散る公園の中で、二人は手を繋ぎながら歩いていた。
相変わらず笑顔のまま、互いを慈しむ眼差しのまま。
『まあ、よかったんじゃない?結婚した下の子も幸せそうだったし、おまけに私たちも幸せだしね、ふふっ』
『ま~~た昔に戻ろうとしてるだろ、莉愛……エッチはもうしないから』
『なに~~?どうしてそうなるの~~?』
『互いの歳を考えてみろや!!』
『いやいや、あなたなら50でもいけるって~~高校の時からずっと絶倫だったし。そのおかげで成人してからすぐ子供持ったんでしょ~?』
『それ昔の話だろ、昔の!大体さ、君が昔から露骨に誘うから……!』
『記憶にございますぅ~~ん!あ、ねぇねぇ見て。この花綺麗じゃない?ふふふっ』
……そっか。成人してからすぐ、子供を持つんだ……私。
うぅ……なんか恥ずかしいかも。でも、そっか。
ちゃんと、50代になっても変わらないんだ……私たちは。
『……蓮』
『なんだ?』
『大好き』
『………』
『ふふふっ、50年間ずっと一緒にいてくれてありがとうね』
『今更なことを言うな……君は』
花壇に咲いている真っ白な花。未来の莉愛はしゃがんだ状態でそれを眺めていて、蓮も続いて膝を折って一緒にしゃがむ。
しわと白髪が少し増えた蓮は、全く変わらない笑顔で言った。
『これからの50年も、一緒にいるんだろう?』
『………もう、急にドキドキさせないでよ』
『ははっ、今更照れるか……まあ、50年も生きられるかどうかも分からないが』
『そうだね。あなた死んだらわたし死ぬし』
『そんな怖い言葉は言わないでくれるか~?』
『なんでよ~~同じ瞬間に死んだらなんか、次の人生も同じ場所で生まれる気がしない?また幼馴染になっちゃったりして』
『怖いことを言うな~~幼馴染はもう勘弁だぞ』
『へぇ~~?なんですか?私のことはもう飽きたって言いたいんですか?そうなんですか!?』
『あはははっ』
未来の蓮は余裕たっぷりな笑顔で、ムカッとしている莉愛の攻撃も自然に受け流していた。
そして、彼は片手を莉愛の頬に添えてから、言う。
『なにを言っている。どんなことが起きようが、俺たちなら必ず巡り合えるだろ?』
『……今更そんなこと言ったって、ちっとも嬉しくないし』
『あははっ!!その割には顔が赤くなってるぞ~?とにかく、俺はその点においては全く心配してないんだ』
暖かい風が二人の間を吹き抜けていく。
しわが増えても、娘を二人も結婚させても、30年が過ぎても。
莉愛の目には、なにも変わっていないように見えた。だって、本質は同じなのだ。
今と同じく……いや、今以上に二人は、互いのことを愛くるしく見つめ合っているから。
ああ、愛は冷めるところか、もっと暖かくなっていくんだろうなと、莉愛は感じる。
未来の莉愛は、頬に添えられた旦那の手を両手で包みながら、微笑んだ。
『じゃ、いつまでも私を見つけてくださいな。旦那様』
『ああ、約束するよ』
その言葉を最後に、莉愛の意識は現実に引き戻された。
「…………ふふっ」
寒い。寒いのに、心が温かくて変な気持ちになる。
季節はもう真冬であり、そろそろ冬休みが始まる。別れてから2年という時間を経て―――二人はまた、恋人としての冬休みを迎えることになった。
「ふぅ、早く起きなくちゃ……ごはん作らなきゃだし」
蓮と一生を誓い合ってから、1ヵ月が経った。その間の莉愛は、それはもう嫁気取りで振舞っていた。
最近にはクラスの中でも堂々とイチャイチャするようになったし、こうやって蓮が起きる前に朝ごはんもよく作るようになったのだ。
蓮の好みの味付けをもっと完璧に知りたくて、わざとアメリカにいる藍子にまで電話をするくらい、莉愛の愛は燃えている。
だけど、愛が燃えているのは別に莉愛だけではなく―――
「あ、おはよう、莉愛」
「……ぶぅぅうう」
これだけは譲れないと宣言していた蓮もまた、明け方くらいに起きてキッチンにいるのであった。
先手を取られたのが悔しくてたまらないけど、莉愛はふうとため息をついて受け入れることにする。
こうやって一緒に料理をするのも、彼女の大好きな時間だから。
「むぅうううう~~」
「ふぁあ、ねむっ……ん?ああ、キス?」
「なにその反応!?もう付き合って10年くらいは経った反応してない?ドキドキはどこに行ったの!?」
「ぷはっ、だって仕方ないじゃん~~最近は隙あらばとキスしてくるし。このキス魔」
「そ、それを言うならそっちだって……!!ま、毎晩、押し倒してくるし……」
「朝から変なこと言わないでくれる!?それに毎晩じゃないよね?昨日はやってなかったよね!?」
かなり露骨な物言いに、莉愛は顔を真っ赤にさせながら抗議した。
「ほ、ほとんど毎晩じゃない!一昨日だって、学校あるのに深夜の2時までずっと私のこといじめて……!」
「夜這いしてきた君が悪いだろ、あれは!?そういえばそうだった!!」
そこで蓮は何かを思い出したように拍手を打って、莉愛をジトっと睨めながら話し出す。
「君さ、最近感じることなんだけどさ!なんでいつも生でしようとするんだよ!」
「だ、だだだって!!生が、気持ちいいし………生が、絶対にいいし……」
「コンドームはちゃんと使えって茜さんに何度も言われただろ!?このムッツリスケベが……!」
「む、ムッツリじゃないもん!これは当たり前なことだもん!!ぶぅぅうう……じゃ、あなたは生よりコンドームの方がいいってことよね?そうだよね!?」
「うわっ、また昔の駄々っ子に戻ってるわ、これ……はああ~~先が思いやられるな~~」
「ちょっ、答えなさいよ!!本当にあんなうっすいゴムの方がいいわけ!?これ答えてくれないと、今日の晩御飯はなしだか―――んん、ちゅっ」
とうとう怒り出した莉愛を鎮めるべく、蓮は素早く莉愛にモーニングキスを送った。
効果は覿面で、さっきまで怒り散らかしていた莉愛はすぐに大人しくなり、蓮のキスを受け止める。
ついばむように何度かキスをした後、蓮はゆっくりと顔を離した。
「………そりゃ、俺だって生の方がいいに、決まってるだろ……」
「………じゃ、なんでコンドーム?」
「子供を持ったら、俺より君の方が大変になるし。色々と手間もかかるだろうし……そういうものはもっと、計画的にしていきたいんだよ。どうせ、ずっと一緒にいるんだから」
「………ふふっ」
もちろん、莉愛だって分かっている。高校生で子供を持つのはさすがに早すぎるし、大学生になっても学業や就職のことで、お互い忙しくなるだろう。
だから、莉愛も安全日にだけコンドームを使わないようにしているのだ。なにより、蓮は万が一の可能性さえ消すためにコンドームを使っているわけだが。
「へぇ~~ずっと一緒にいるんだ~~ふふっ」
「なにを今更……朝ごはんなににする?一緒に作ろうか」
「私、朝は普通に卵焼きがいいの!あ、それとね、蓮」
「うん?」
「私たち、結婚して30年経っても熱々なんだって」
莉愛の言葉を聞いた瞬間、蓮は口角を上げながらやや俯いた。
「あはっ、例の夢か。本当になんなんだろうな、あの夢」
「私も分かんない。でも、50代のあなたもちゃんと……格好良かったよ?」
「そうか、ならよかったわ……君はどうだった?」
「私も、君にずっと愛される程度には綺麗だったかな~~ふふっ」
「50代の君か……さすがにもうちょっと落ち着いているよな?そうであって欲しいけど」
「おい、なんだその発言」
「いや、50にもこんなテンションだったら俺の脳が壊れるだろ!」
……残念だったね、蓮。50になっても私は変わってなかったよ?
その事実は秘密にすることにして、莉愛はただただ笑いながらエプロンをつける。本当に、あの夢はなんなんだろうと莉愛は思った。
未来の瞬間を覗けるなんて、非現実的すぎるし未だにちょっと信じられないところがある。
でも、大好きな人と幸せになっている時点で……莉愛はあの夢のことが、どうしても嫌いになれなかった。
「もしかしたら、未来の俺たちが送るメッセージかもしれないな」
「うん?」
「君が見ているという、あの夢のこと。ほら、小説とかによく出るだろ?未来の自分が、過去に自分に語り掛けるシーンとか」
……ああ、まあまああるよね。だけど、この夢もその部類に入るものかな?
分からない。だけど、確実に気づいた事実は二つだけあった。
その夢のおかげで、自分は連を再び意識するようになった。そして、その意識して思いを伝える過程の中で―――一日一日の大切さに、気づくようになった。
そして、最後の事実は。
「そういえばさ、おめでとう、蓮」
「うん?なにが?」
「夢で見たんだけど、私たちは次の人生でも巡り合うんだって」
いつまでもずっと、目の前の蓮と一緒にいるということ。
どこへ行っても、何をしても、必ず巡り合う関係。一緒にいるしかない関係。
運命であり、絆であり、傷つけがたい愛。
二人が持っている愛は、その類の愛だった。
「……そっか。次の人生でも、か」
「そうよ。どう?嬉しいでしょ?」
「うわぁああ~~俺は次の人生でもずっと同じ人に執着されるのか~~どうか頑張ってくれ、来世の俺……!!」
「ちょっと!?!?ぐぬぬ……!今キスしてあげないと三日間拗ねり散らかすから!!」
「君は365日拗ねているもんだろ!?ははっ、もう……ん、ちゅっ」
「ちゅっ、ちゅるっ……ん、ちゅっ………ふふっ」
そして、その愛が色褪せることは、きっとない。
莉愛は心から湧き出る笑みを湛えたまま、言った。
「死んでもず~~っと離さないから、覚悟してよね?ふふふっ」
<了>
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