71話  溶かされた莉愛

ソワソワして、居ても立っても居られない。


それが、今の莉愛の状態だった。蓮が二股をするとは思えないし、それくらいは連を信頼しているつもりだった。


でも、やっぱり気になってしまう。結果を気にしないようにすると言ったのは、自分なのに。



「……遅いなぁ」



確か、告白をされるのって放課後のはずだから遅いのは仕方ないけど。


でも、これはさすがに遅すぎるんじゃないかな。もしかして向こうが縋りついてるから?ああ……もう。



「早く、帰ってきてよ……バカ」



そうつぶやいていると、間もなくして鍵が差し込まれる音が鳴り響く。


反射的に玄関に出ると、蓮とぱったり目が合った。莉愛は何を言えばいいか分からなくなって、ただ蓮を見つめる。



「ただいま」

「……お、おかえり」

「うん。夕飯作るね。今日はなに食べたい?」

「……あ、あの。蓮」

「うん?」



あまりにもいつも通りの反応で、調子が狂う。莉愛は何度か唇を動かしたけど、結局まともな言葉を紡げなかった。


そして、蓮は。



「ぷふっ」

「な、なによ……」



未だにソワソワしている莉愛が可愛すぎて、思わず噴き出してしまう。



「断ったよ、当たり前じゃん」

「……相手のこと、聞いてもいい?」

「ああ~~この件にはもう関わらないって言ってなかったっけ?」

「きょ、今日まで大人しくしたじゃん……!だから、教えてよ」

「まあ、それも確かにそっか」



莉愛は、3日も我慢したのだ。


一緒に家にいる時も、学校にいる時も莉愛はなるべく告白の話題を挙げないようにしていたし、蓮も彼女の意志を尊重していた。


だから、ここはさすがに教えるべきだろう。蓮は苦笑を浮かべながら、さっきの光景を思い返す。



「1年の橋本綾乃さん、知ってる?」

「えっ、あの子なの!?」

「うわっ!?びっくりした……!ていうか、知ってるんだ。その反応」

「そりゃ……だって、けっこう有名だから」



女子たちの間ではたまに噂されるくらいのレベルなのだ。生徒会にも入っていて成績も優秀だから、男女問わず人気の高いのに。


まさか、あの子だったなんて。莉愛は急に心が曇って、どうにかなってしまいそうになる。



「莉愛?どうしたの?」

「……本当に、橋本さんに告白されたの?」

「うん、向こうも潔く諦めてくれてたよ?」

「……そう」



分かっている。蓮は絶対にウソをつかない。蓮がウソをつくはずがない。


でも、莉愛の根底にある独占欲がまたくつくつと煮えたぎり始めた。本当に諦めてくれたのか、どんな言葉で断ったのか。


あの子はどうやって蓮を好きになったのか、あの子は正確になにを言ったのか。そんな細かなことを一から十まで、ねちねちと聞きたかった。



「…………………っ」



また、昔に戻りそうになる。断ったのに、自分のことが好きだってちゃんと分かっているのに―――どうしても、嫌になってしまう。


蓮の傍には、私だけいればいい。私だけ見えればいいのに。


……ああ。私、やっぱりダメだな。このままだとまた変なことを言っちゃいそう。


ここは、早く部屋に戻って―――



「莉愛」

「え?ぁ―――」



そして、その瞬間。


体中に広がる温もりと唇の感触が、莉愛の意識を呼び覚ます。


蓮は、目をつぶったままいつものように優しく抱きしめて、キスを送っていた。君しかいない、という言葉を凝り固めたような行動。



『……ああ、なんだ』



モヤモヤしていた心が一気に晴れ渡る。目をつぶって力を抜くと、蓮はもっと強く莉愛を抱きしめた。


息が詰まりそうなほどの長いキスの後、蓮はゆっくりと顔を離す。


そこにはもう、キスをして恥ずかしがっていた中学生の面影が、なかった。



「……急に、なんでキス?」

「……必要かなって」

「…………ふうん」

「ちょっとは否定してくれる?」

「否定しない。実際に……ひ、必要だったから」

「………」

「……蓮、あのね」

「うん」

「もう一回、キスしたい」

「いいよ」



今度は莉愛から、やや勢いをつけて蓮の唇を塞ぐ。つま先立ちになって、蓮をぎゅっと抱きしめる。


大声で叫びたいくらい、莉愛の心はパンパンに膨れ上がっていた。この男は、いつも欲しいことしかしてこない。


たぶん、この先もずっとこんな風に勝てないのだろう。本当に、意地悪が過ぎる。


それでも、莉愛は涙を浮かべるほど幸せに浸っていた。



「……ちょっ、泣くな。なんで泣くの?」

「……だっ、て」

「結果、分かってたでしょ?相手が橋本さんだろうが芸能人だろうがモデルだろうが、俺には関係ないから」

「……意地悪」

「なんでこれが意地悪になるんですか~~?莉愛さん?」

「また、私だけ悶々とする」



えっ、と声を発しながら驚く蓮を目の前にして。


莉愛は、思って来たことすべてをぽつぽつと語り始めた。



「また私だけ好きになって、あなたなしじゃ生きられなくなって、ずっとあなたに溶かされて………なのに、あなたは平気じゃん。いつもそうだった」

「ちょっ、莉愛?」

「もっと好きなのは、いつも私の方。今回も、ほら……また、私、思っちゃうじゃん。本当にこの人なしじゃダメだって、大好きだって……」

「…………」

「……バカなの?ちょっとは、ちょっとは揺れるのが普通じゃん。真面目な顔で私しかいないとか言って……芸能人だろうがモデルだろうが、関係ないとか言って」



この気持ちを言葉で表現するのはできない。


莉愛は心の底からそう思った。この気持ちは、想いはあまりにも大きすぎて、言葉と体では絶対に表現できない。


愛おしさが限界点を越えて、脳を溶かしてくるようだった。目の前の蓮が好きで好きでたまらない。



「……揺れるなら、今のうちだよ?私、一生じゃないともう満足できないからね?」

「ううん~~安定の中学莉愛ちゃんですな、こりゃ」

「うるさい……死ぬまでずっと一緒にいてくれないと、やだ。こんな風に考えるのは私のせいじゃない。あなたのせい」

「なんで俺のせいなんだよ!」

「……私をもっともっと、好きにさせるから」



理不尽極まりないと思いつつ、莉愛はぽつりと本音をこぼす。


そして、蓮は。



「……ふふっ」



一度笑ってから、莉愛が一番欲しがっている言葉を彼女に届けた。



「なら、責任取らないといけないね」

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