65話  ホテルで、焦らし

莉愛は混乱していた。


こんな風に独占欲をあらわにするのは控えるべきだと、彼女自身も分かっている。こんな些細な行動が積み重なって、結局は破綻に至ってしまったから。


二の舞を踏まないためにも、ある程度は我慢するべきだ。だけど、だけど……


莉愛は、我慢ができなかった。もちろん、さっきの女子たちの会話を聞いたから嫉妬深くなったのもある。


でも、一番の理由はやっぱり蓮だった。



「んん!?ちょ、ちょ……!?んむっ!?」



こうやって慌てながらも、一生懸命に自分を受け止めてくれる蓮が愛おしすぎるから。


頬についているリップの跡はなかなかくっきりとしていて、自分で見てもちょっと恥ずかしいくらいだった。


それでも、蓮は怒らずに自分を受け入れてくれた。いつもこうだ。


この男は、いつまでも自分を受け入れて甘えさせてくれる。そのせいで、どこまで踏み込めばいいのかが分からなくなる。


……ちょうど、今回のように。



「ふぅ……ふぅ」

「………莉愛さん?」

「……あなたが悪い。とにかくあなたが悪い」

「理不尽の塊だな、この女!」

「ふん」



2年ぶりにホテルに来たと言うのに、このノリだけはいつもと変わらない。


けれど、しっかりと成長した蓮と莉愛はお互いに十分、興奮している状態だった。


蓮は半ばふざけながらも、いつもより強引に莉愛の両肩を掴んで、そのままベッドに押し倒す。



「きゃ、きゃっ……!?な、なにやってるの……」

「うるさい!素直に押し倒されたくせに……さて、自分の罪は分かってるだろうな?」

「つ、罪って……私、なにも悪くないもん……」

「ふうん……そっか」



莉愛を覆いかぶさった蓮の顔が一気に冷める。


どうやったら莉愛を蕩けさせるか悩んだところで、蓮はパッとあるアイディアを思いついた。



「なら、今日のエッチはナシだな」

「え、えっ!?!?」

「ううん?どうしてそんな反応なんですか~?自分がなにをしたかも分からない図々しい人とエッチしたくないんですけど~~」

「い、意地悪!せっかくここまで来たのに……!」

「ふん、知るか。ああ~~残念だなぁ~~莉愛とエッチしたかったのになぁ~~」



そうやって平然なふりをするけど、実のところでは蓮もかなりヤバい状態だった。


ここまで来て、こんな風に押し倒した後にエッチはお預けなんて。それは自分にもきつい言葉なのだ。


正直、蓮は今すぐにでも莉愛を抱いて、めちゃくちゃに愛してあげたいと思っている。それほど、蓮の衝動は激しいものだった。


……でも、蓮は過去の経験で学んでいるのだ。



「うぅ……いじわる、いじわるぅ……」



こんな風に焦らした後の莉愛は、普段より何百倍も可愛くなるってことを。


莉愛は、蓮に両手首を抑えられたまま涙を浮かべている。もちろん、その涙は悲しさから出たものではなく、羞恥心と期待から出たものだった。



「分かった……!分かったから!私が悪かったです!私だって分かってるの!」

「ふうん、なにが悪かったの?」

「こ、公共の場であなたにあんなことしたの……!ちゃんと、ちゃんと悪いと思ってるから!だから、早く……早くエッチさせてよ……」

「あんなことって言われても分からないな~~具体的に何をしたか、洗いざらい吐いてもらおうか」

「うっ、ぅう………バカぁ……」



目じりに溜まった莉愛の涙の粒が、さらに大きくなる。


いくら反抗して腰をよじらせても、自分は連に力で勝てない。それをよく知っている莉愛としては、もう他に方法がなかった。



「れ、列に並んでいる時に、あなたにバックハグしてもらったこと……」

「ふうん、それと?」

「え、映画見てるときに頬にちゅーしたことと!!キスしたことと、わざとリップの跡残したことと……あなたをわざわざ、煽ったりしたこと……」

「本当に悪いと思ってるの?」

「悪い、悪いと思ってる!!私が悪かった!いくらでも謝るから!!だから、早くエッチ……!」

「……ふう、もう」



ここまで必死にお願いされると、さすがに蓮も無視することはできない。


正直、莉愛の可愛い姿を見続けた蓮ももう限界だった。蓮はようやく、莉愛の手首から手を離して彼女をぎゅっと抱きしめる。


全身を密着させた状態で、蓮は莉愛の耳元でささやくように言った。



「じゃ、最後の質問……」

「ひっ!?み、耳……!!」

「なんで俺にそんなことしたの?それが素直に言えたら、エッチしてあげる」

「うぅ、うぅう……!!」



莉愛は恨めしい眼差しで蓮を見つめる。当たり前だった。耳が弱いのを知ってるくせに、わざと耳元で意地悪な質問を投げてくるから。


もう、耐えられないのに。一秒でも早く蓮としたいのに、好きな人は自分を焦らすだけだから……でも。


でも、既に崩れた理性では他の答えを導き出せなかった。これが、七瀬莉愛という女の子の本質。


好きな人の前だとすぐに蕩けてしまうのが、七瀬莉愛という女の子なのだ。



「取られたく、なかったから……!」

「……誰に、取られたくなかったの?」

「他の人たちに!!他の女の人に、あなたを取られたくないから!!!」

「声が大きいな……もしかして怒ってる?」

「あ、当たり前でしょ!!このバカ、バカぁ……!」



莉愛はもう我慢ができなくなって、自分を抱きしめている蓮の胸板を弱弱しく叩き始める。


だけど、もちろん力は入っていなくて、胸をコンコンされている蓮は嬉しそうな表情をするだけだった。



「バカ、バカ……!いつも私だけドキドキさせて、私だけハラハラさせ―――んん!?」



その後、蓮は莉愛の言葉を遮るようにキスをする。


急に訪れた感触に、莉愛は一瞬目を見開いて全身をこわばらせた。だけど、すぐに目をつぶって蓮の腰に自分の両足を絡める。


好きな人と一秒たりとも離れたくない、幼い子供みたいな行動。


それをよく感じている蓮は、長いキスの後に苦笑しながら言う。



「……今の莉愛、めっちゃ中学時代っぽいの知ってる?」

「うぅ……バカぁ……」



莉愛は、羞恥心に苛まれながらもなんとか言葉を紡ぐ。



「早く、してよ……私、あなたなしじゃなにもできない、子供だから……」

「ふふっ、うん」



蓮はもう一度、莉愛の体を抱きしめながら言う。



「大好きだよ、莉愛」

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