64話  リップの跡

完全に中学生モードだと、蓮は冷や汗をかいてしまう。


それほど、莉愛の行動はヤバかった。列に並んでいた時に後ろでなにか言われたのか、彼女はずっとスキンシップを取ろうとしているのだ。


例えば、映画を見ている今も。


莉愛は、ずっと俺と手を繋いだままスクリーンに目を向けていた。



「………」

「………」



もちろん、昔にも映画を見る時には手を繋いでいた。これは二人にとって当たり前なことであり、今更恥ずかしがることでもない。


だけど、足が違った。



「………莉愛?」

「………」



周りに聞こえないように精一杯声を抑えながら、蓮は囁く。


だけど、映画館のスピーカーから流れる音と観客たちの笑い声が、蓮の抵抗をかき消した。


莉愛は今、片足を絡めて手もぎゅっと繋いで、もう自分のものだと主張するような行動をしている。


全くもって大人しくない、純粋な莉愛の行動。蓮はそこに嬉しさを感じつつも、どうすればいいかと悩んでしまう。



「莉愛、手汗酷いから少し離そう?」

「………」

「莉愛さん~~?莉愛さん、聞こえてますよね!?」



周りに聞こえるか聞こえないかのギリギリの音量で、蓮はできるだけ抗議をする。


だけど、やっぱり莉愛は聞き入れてくれないらしく、もっと強く手を握るだけだった。


ああ……ダメだな、こりゃ。握られっぱなしの運命かと、蓮が諦めた次の瞬間。



「ちゅっ」

「……!?!?!?!?」



急に、莉愛が軽く頬にキスをしてきて。


電撃でも走ったかのような感触の後には、すぐに手が放たれた。莉愛は、ワンピースの布で手汗を拭いながらも知らん顔で前だけを見続ける。


蓮は慌てて、周りの人たちの反応を確認した。幸い、かなり後ろの席を取ったせいでこちらを見ている人はいない。


みんな、楽しく笑いながら映画だけに集中していた。蓮がふうと胸をなでおろしたその瞬間。


また、莉愛の攻めが始まる。



「……ちゅっ」

「……っ!?」



今度も、頬だ。だけど、触れ合っている時間が違う。


最初のキスがほんの僅かだったけど、今度のキスは3秒ほど触れ合っていた。


当然、頬にはリップの跡がついてしまう。その時になってようやく、蓮は莉愛の意図を察した。


印をつけるみたいに、自分のものだと周りに示すために、莉愛はキスをしているのだ。



「ちょっ、り――んん!?」



横を向いて抗議しようとしたところで、今度は口を防ぐキス。


最初と同じくほんの僅かだったけど、蓮の言葉を抑えるには十分すぎるものだった。


刹那の刺激の後、莉愛はまたもや前を向く。だけど、離れていた手は再び繋がられて、足ももっと絡まされてしまう。


周りの人たちは、相変わらず興味津々に映画に集中するだけ。この刹那のキスがバレているようには見えなかった。



「……莉愛、後で説明してもらうからね?」

「…………ふん」



莉愛の拗ねたような声を最後に、攻めも少し柔らかくなる。


1時間半くらい続いた映画が終わって、蓮は頬を片手で包んだままトイレに駆け寄った。


案の定、顔にはリップの跡がくっきり残っていて、蓮は苦笑しながらも水でなんとかそれを揉み消した。


それから映画館のロビーに戻ると、莉愛は明らかに頬を膨らませてジトッと蓮を見つめる。



「なんで拗ねてるの!?俺はなにも悪くないよね!?」

「……ふうん、消したんだ」

「だからなんで消さなきゃいけないんだよ!莉愛さん、真面目な話があります!とりあえずランチにしましょうか!」

「いいよ、5秒だけ頬を貸してくれれば」

「えっ?あ―――」



蓮があわあわしていた時、莉愛は急につま先立ちになってから目をつぶって、また蓮の頬にキスをする。


莉愛はリップの跡が残るくらいに、長く唇を触れ合わせてから体を離す。


いたずらに成功した莉愛は明らかに得意げな顔をして、また片手で頬を隠すことになった蓮は目を細めた。


そして、その頬を隠す手をわざと引き離してぎゅっと握ってから、莉愛は言う。



「……そんな顔じゃ、外へ出歩けないよね?」

「………………」

「だから……い、行こっか。二人きりになれる場所……」



………こいつ、まるで成長してないじゃんか!!!


蓮はそう叫びたい心を押し殺して、大人しく莉愛に付き従う。


二人が向かう先は、ホテルだった。

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