66話  絶対に、別れない

日が沈んで、周りも徐々に暗くなり始めた夕方。


ホテルから出てゲームセンターで時間を潰した二人は、相変わらず手を繋ぎながら家に向かっていた。


静かな住宅街、蓮と莉愛はホテルであった出来事を思い返しながら、お互い頬を染めている。



「…………」

「…………」



蓮はあんなに暴走したことがとにかく恥ずかしかったし、莉愛はあんなに蕩けていたのが恥ずかしかった。


それでも、指を絡ませながら手を繋いでいるという事実が、二人の気持ちを表していて。


そのことに嬉しさを感じながらも、莉愛はふと思う。



『私、本当に全く成長してないよね……』



彼女は、蓮にした色々な行動を未だに気にかけていた。


無理もない。成長して、ちゃんと愛してもらえるように頑張ると言ったのは彼女自身だから。


でも、今日の我儘は昔と全く同じものだった。蓮の気持ちを配慮すること以上に、自分の独占欲が膨らんでしまった。だから、ホテルに連れ込んだ。



『……このままじゃダメ、もっとちゃんと謝らないと』



成長した姿を見せたい。


もう別れる心配はしなくていいと、我儘も理不尽もだいぶ減ってきたと蓮に堂々と言いたい。


だけど、今日はそれができなかった。だから、莉愛は突飛なタイミングで口を開ける。



「……あの、蓮」

「うん?」



そして、莉愛のおずおずとした声を聞いた蓮は、目を丸くして彼女を見つめた。



「ごめんね、今日……色々、我儘なこと言って」

「うん?ああ~~なるほど……コンドームなしじゃダメ?って言ったこと?」

「そ、そ、それもあるけど!!ていうか、なんで今それが出てくるの!?デリカシーっていうもんがないわけ!?」

「ぷははっ!!だってマジでそう言ってくるから~~あっ、ごめん!ごめんってば!叩かないで!」

「むぅうう~~!!!人がこんなに悩んでるのに!!いつも、いつもあんただけ……!」



莉愛は頬を膨らませながらパンパンと蓮の胸板を叩く。それすら可愛く見える蓮は、ただ愉快に笑うだけだった。



「でも、なんで急に謝るの?今日、楽しかったじゃん」

「確かに楽しかったけど……!私、今日もあなたにずっと我儘言ったんだし……」

「コンドーム?」

「……もう一度言ったらパソコン壊すから」

「ごめんごめん!!!でも、我儘……?ああ、なんだ。昼間のキスやバッグハグのこと?」

「……うん」



蓮は、本当に仕方ないと言わんばかりに莉愛を見つめる。


それくらいの我儘はもう慣れっこなのに。だてで10年以上幼馴染したわけではないのだ。


莉愛の欠点もちゃんと分かっているし、蓮はちゃんとそれを受け入れるつもりで、想いを伝え始めたのだ。だから、大丈夫なのに。


だけど、莉愛は申し訳なさそうに蓮の顔を見上げた。



「ごめんね、今日……昔の重い女だったよね、私」

「莉愛が重いのは仕方ないと割り切れてるから、そこは大丈夫」

「なにそれ、私が病んでるとでも言いたいわけ?もう、ふざけないでちゃんと聞いてよ!!」

「ごめんごめん。でも、そうだね……確かに、昔通りだったかも」

「………」



昔通り、という言葉が莉愛の心に痛々しく突き刺さる。やっぱり、過去と同じだと言われるのはきつかった。


……それでも、成長すると決めたのは自分だから。


莉愛は、拳をぎゅっと握りながら蓮を見つめる。



「……ごめんね。私、もうちょっと頑張るから」

「………」

「今以上に好きになってもらえるように、頑張るから……その、す、好きだから仕方ないところはあるけど!!でも、蓮が不快に思うのはやっぱ嫌だし……私がもうちょっと我慢して、考えて……頑張るね」

「……………バカ」

「え?」



想像もしてなかった言葉が聞かれるのと同時に、体が包まれる。


全身をぎゅっと抱きしめられた莉愛は、目を丸くしながらハグを受け止めるしかなかった。


蓮は、さっきより真面目な声で言う。



「なんで自分一人だけ、頑張ろうとするのかな……昔から思ってたけど、やっぱり莉愛はちょっと危ないところがあるんだよね」

「……むぅ」

「あはっ、拗ねない、拗ねない。まあ……もちろん莉愛の言葉は嬉しいよ。間違っているとも思わないし、今日は大丈夫だったけど昔のノリでずっと行かれると、さすがに俺も疲れるだろうし」

「……うん」

「でもね、莉愛」



莉愛を抱きしめている腕にもっと力を入れながら、蓮は言う。



「別れた原因は別に、君だけにあるわけじゃないから。俺だって、表現が足りなかったり会話を放棄したりしてたじゃん?だから……俺も、頑張るから」

「……な、なにを?」

「表現することとか、莉愛がちゃんと安心していられるように振舞うとか……まあ、そんなところ」



蓮はゆっくりと顔を離して、大好きな女の子の頬に手を添える。


蓮の眼差しにはもう愛おしさしか残っていなくて、それが莉愛の心臓を痛ませた。鼓動が激しくなりすぎて、苦しいくらいに。


この男は、本当に……意地悪だ。


莉愛も同じく、蓮の頬に片手を添える。



「……バカ。あんたがそんな風にずっと受け入れてたら、私がどこまでわがまま言えばいいか、分からなくなるじゃん……」

「その加減って言うのも、これから考えて行こう?ほら……俺たちだし」

「……………本当、バカ」

「そちらほどじゃないと思うけどな……」



自然と顔の距離が近くなって、唇が触れ合う。


莉愛はもう、心臓が弾けてどうにかなりそうだった。目の前にいる蓮が愛おしくて愛おしくて、たまらなくなっていた。


絶対に、逃がしたくない。ずっと一緒にいたい。その気持ちがどんどん膨らんでいく。


別れるもんか。絶対に、絶対に別れない。


強くそう決心した莉愛は、唇を離してから蓮の懐に顔をうずめる。



「蓮」

「うん」

「……私、あなたなしじゃ生きていけないから」



あなたも、その気持ちになってよ。


その心をたっぷり込めて、莉愛は言い放つ。



「あなたも絶対に、同じようにしてあげる……昔よりもっと惚れさせてあげるから、覚悟して」



………………困ったなと、蓮は思ってしまう。


莉愛をこれ以上好きになるなんて、できそうになかったから。

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