62話  恋人じゃないけど、恋人以上

愛想をつかされないように、頑張る。


……とは言ったものの、莉愛は一言でスッと変わるほど器用な人間ではなかった。



「きゃああああああっ!!日比谷君!!」

「ウソ、見たあのシュート!?すごっ、すごいじゃん!!」

「…………」



体育の時間。先生に自由時間と言われて行われた、隣のクラスとのサッカー対決で。


蓮はフォワードとして活躍しながら、試合が終わる寸前で見事にゴールを決めていた。


そのせいで、周りの女の子たちがとにかくざわついて……莉愛も咄嗟に黄色い歓声を上げたものの、やっぱりちょっとモヤモヤしてしまうのだった。



「へぇ~~やるじゃん、日比谷」

「……むぅ」

「ぷふっ、ぷふふふっ」



そして、そんな親友の気持ちをある程度察している由奈は、仕方ないとばかりにクスクス笑っていた。


そして、蓮は莉愛の気持ちなど知らずに気持ちよく笑っているだけ。


結局、蓮の最後のゴールが決め手となって試合は終わり、莉愛たちが属しているクラスが無事に勝利を収めた。



「むむむむむぅ………」

「莉愛さん~?七瀬莉愛さん~?聞こえてますか~?」

「むむむむむむ!!!」

「うわっ、ダメだこりゃ……嫉妬の塊になっちゃったわ……」



あまりにも酷い状態に、由奈は若干引いたような声を上げる。授業が終わって教室に戻ると、女の子たちは一斉に蓮の席に近寄った。



「日比谷、お疲れ~~これ、スポドリ!」

「えっ、俺に?へぇ~~ありがとうな」

「なにその反応~~ちょっと傷つくんですけど~?」



もちろん、蓮の他にも活躍した男子はいっぱいいる。


だけど、やっぱり最後にゴールを決めたからか、女子たちの視線は割と蓮に注がれていた。


蓮は少し戸惑いながらも、一緒にプレイした男子たちと一緒に上手く話しを盛り上げていく。


そして、教室の片隅で、莉愛は――――



「…………💢」

「うわっ、やばっ……」



地獄で引き抜いたかのような強烈な視線で、ずっと蓮だけを見つめていた。由奈は隣で冷や汗をかいている。


もちろん、当事者である蓮もとっくに莉愛の視線に気づいていた。



『やばっ……!?こ、これって完全に付き合っている頃の反応じゃんか!!』



グラウンドでは忙しなく走ってたから知らなかったものの、クラスに入るとなるとやっぱり視線に気づいてしまうわけで。


女子たちと話をしながらちらっと流し目を送るけど、莉愛の地獄のような表情を見て蓮はまた視線を戻した。


蓮の背筋に冷や汗が一滴垂れ流される。このままじゃ、本当に死ぬ……!


嫉妬で殺されかけた経験が何度もあるから、蓮は変に緊張するしかなかった。間もなく授業が始まったけど、蓮の背中に注がれる視線は変わらなくて。



『あ、これ絶対にヤバいやつだ……家に帰って甘やかさなきゃ』



今日は莉愛が大好きなパスタでも作ろうかなって思いながら、蓮はずっとハラハラとした時間を過ごした。


そして、帰りのホームルームが終わった後―――莉愛は急に立ち上がって、蓮の前に来る。



「帰るよ」

「は、はいっ」



有無を言わせない声色に、蓮は機械のようにパッと立ち上がる。


クラスにいる女子たちの中では嘆息の声が上がっていた。何人かはやっぱり残念そうな表情を浮かべるけど、仕方ないかと諦める方がやっぱり多かった。


なにせ、この二人はもう愛のレベルが違うのだ。


直接的に絡む場面はほとんど見せてくれなかったけど、互いを見つめる視線がもう頭一つ抜けている感じだったから。



「由奈、ごめんね。今日は日比谷と帰る」

「あ~~はいはい。日比谷、ちゃんと帰って反省するんだよ?」

「俺の何が悪かったんだよ!?」



痛烈なツッコミの後に、蓮は囚人になったみたいに大人しく莉愛について行く。


そして、家に着いたとたん、莉愛は靴も脱がずにそのまま蓮を抱きしめて。



「あ、ちょ―――んん!?ん、ちゅっ……!」



体を密着させながら、遠慮なしのディープキスを蓮にかました。


唐突なスキンシップに驚くものの、ある程度こうなると思っていた蓮はすぐに莉愛を抱きしめる。


蓮は汗臭いと思われたらどうしようってちょっと悩むものの、莉愛の勢いを全力で受け止めた。


それから約5分ぐらいキスをして、モヤモヤが少し晴れた莉愛はようやく唇を離す。



「……むむむ」

「だから、俺の何が悪かったんだよ!?莉愛さん!?」

「……他の女子たちの前で格好いいことするの禁止。いや、男もダメ。格好いいところは私にだけ見せるように」

「なんて理不尽な……!ああ、そっか~~中学時代の七瀬莉愛さんですか~」

「ほら、大事な場面で茶化さない!ふぅ……もう」



ため息を一度ついて、莉愛はプンプンしながらも蓮に抱き着く。


昔のように甘えてくる莉愛が愛おしくて、蓮はまた莉愛をぎゅっと抱き返しながら言った。



「……汗臭くないの?」

「汗臭いのがいい」

「莉愛さん、そういう趣味だったんですか?」

「また茶化す……本当なのに」

「ぷふっ、分かった分かった。で、いつまでこうしてればいいんだ?そろそろ家に上がりたいんだけど」



未だに玄関で立ちっぱなしになっているんだから、蓮の言い分は当たり前のことだ。


だけど、莉愛は少しも体を離す気配がなく、蓮の懐に顔をうずめたまま言う。



「……蓮」

「うん?」

「今日、すっごく格好良かったよ。本当に」

「………て、照れるな……ははっ」

「……他の子たちに言われた時には、上手く冗談で流してたのに?」

「そりゃ、まあ……君から格好いいって言われたんだし」



君が特別な人だから。他の人々の感想とは、違うから。


暗にその意味が伝わってきて、莉愛の顔に段々と熱が上がっていく。本当に、この男は悪質極まりないと莉愛は思った。


だから、こうやって我儘になるのも仕方がない。そういう風に自分を納得させて、莉愛は言う。



「デート行きたい」

「えっ、デート?」

「うん、行ったことないじゃん」

「……こ、恋人でもないのに?」

「ふ~うん、そんなこと言うんだ」



明らかに拗ねた口調と共に、莉愛は顔を上げる。


自分の失言に気づいた蓮はすぐに何かを言い出そうとするものの、莉愛の言葉の方がもっと早かった。



「どうせ、好きでもない人は絶対に抱かないくせに」

「………………」

「あなたの真面目さは、誰よりも私がよく知っているから……どうせ、私の責任取るつもりなんでしょ?だから、デート行こうよ。恋人じゃないけど、恋人以上じゃん」

「………莉愛、いつの間にこんな口達者になったんだ?」

「誰かさんのせいですぅ~ふふっ」



ようやくしこりが全部溶けたのか、莉愛はクスクスと笑いながらまた蓮の懐に頬ずりをする。


……デートに行くって答えなきゃ、絶対に離してくれなそうだな。


そう思った蓮は、当たり前のように決まっていた言葉を口にする。



「行こっか、デート」

「うん、行こう!」



花咲くような笑みを浮かべながら、莉愛は連に抱き着いたまま靴を脱ぎ始めた。

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