53話  避妊は大事だからね!?

あの後、蓮は無理やり莉愛の部屋から逃げ出していた。


一緒にいたくないからじゃない。あのままだと、間違いなく……間違いなく、ことに及ぶことになりそうだったからだ。


行為に及ばないことは、蓮にとってはある種の線引きだった。キスもしておいて今更だとは思うけど、エッチは……さすがに持っている意味が違う。



「じゃ、二人とも!私たちはもう行くから!」



翌日の午前中、茜を含めた親4人は、日比谷家の前で笑顔のまま手を振っていた。


また二人だけ取り残されることになった蓮と莉愛は、お互い火照った顔でぎこちなく手を振り返すだけ。


その様がただただほほえましい4人は、初々しさを感じながらクスクスと笑うしかなかった。



「あ、蓮ちゃん!ちょっとこっち来て?」

「あ、はい」



その中で、一番口角が上がっている茜が蓮に手招きをする。


訳の分からないままとりあえず近づくと、茜は連の耳元に顔を寄せて、莉愛をちらっと見てから囁く。



「コンドームはちゃんとつけるんだよ?蓮ちゃん?」

「~~~~~~っ!?!?」



あまりにも生々しいその響きに、蓮はパッと体を引く。茜はその姿を見てゲラゲラ笑うだけだった。



「あはっ、あはははっ!!ああ~~やっぱり蓮ちゃん最高!」

「あ、茜さん!!いくらなんでもこれは……!」

「分かった、ごめんなさい。でも、ちゃんと大事なことだからね?約束だよ?」

「っ……!」



……完全に感づかれたようではあったけど、当たり前かもしれないなと蓮は思う。


だって、今の莉愛は昨晩になにかありましたと、広告でもするみたいに振舞っているから。


そして、自分もそうであると全く気付いていない蓮は、熱が上がった顔でふうとため息をついた。



「……はあ、分かりました。たぶん使うことはないと思いますけど!」

「本当かな~?ふふっ、私はもう行くね。ほら、ロバートさん」

「蓮君、避妊は大事だからね?」

「ロバートさん!?!?」



もちろん、ロバートは娘に聞かれないように声を抑えている。


だけど、蓮の反応を見つめている莉愛は話の内容を察したのか、ますます顔を赤くさせていた。


ロバートは最後に莉愛を見て手を振りながら、車に乗る。



「それじゃ、私たちはこれで。藍子さん、雅史。息子になにか言いたいことは?」

「う~~ん。私はたぶん、茜がすべて言ってくれたっぽいからいいや!」

「ははははっ!!災難だな、蓮」

「お母さんもお父さんも、こんなことでからかわないでよ……!!」



愉快さを塊にしたような親たちのテンションに、蓮はその場で崩れそうになる。


とにかく、最後に莉愛も含めた別れの挨拶を交わして―――また、日比谷家には蓮と莉愛だけが取り残されることになった。



「……あの、蓮」

「うん?」



家に入ると、待っていたとばかりに莉愛が質問を投げてくる。



「ママになんて言われたの?なんか、調子おかしかったけど」

「っ……!?き、君は知らなくていいから!」

「…………」



君は知らなくていい。


かなり冷たく聞こえる言葉だけを残して、蓮は逃げるようにキッチンに入る。しかし、莉愛はある程度察しがついていた。


蓮がなにを言われたのかを、理解できるようになったのだ。だって、今朝―――



『莉愛ちゃん、二十歳までは必ず!!必ず、避妊するんだよ?絶対だからね!?』

『え――――あ、ぁ……………ぁ……』



蓮の母親である藍子にそのことを言われて、自分の同じ反応を取っていたから。


……子供、か。確かに夢の内容だけを思い出したら、自分と蓮は割と若いうちに子供を授かることになったけど。



「…………………っ」



でも、それはそれでこれはこれ。


親たちにそんなことを言われるくらい気持ちがバレている事実が、恥ずかしくてしょうがない。


羞恥心に苛まれながら莉愛もキッチンに入ると、ちょうど蓮がグレーのエプロンをつけていた。


莉愛はその姿をジッと見つめた後に、さらっと言う。



「……お昼は、私が作る」

「うん?ああ、いいよ。いつも通り俺が―――」

「藍子さんに教わったメニューがあるの。私に作らせて」

「お母さんに?へぇ、そういえば色々教わってたよな」

「そ、それに……花嫁修業、しなきゃいけないし…………」

「…………………………………」



恥ずかしさを忍びながらなんとか紡いだその言葉に、蓮が面食らう。


心臓が痛いくらい掴まれる感覚がして、つい俯いてしまう。言葉の破壊力が、ヤバかった。



「わ、私が作りたいから……その、譲って」

「あ………ぅっ」



でも、昨日から蓮の中には変な意地みたいなものが出来上がっていた。


莉愛をちゃんと幸せにできるように頑張りたい。中学の時の失敗を、繰り返したくない。


その意地が膨大化してしまった蓮は、そっぽを向きながらも言い放つ。



「じゃ、一緒に作ろうか」

「え……?な、なんで?私、譲ってって―――」

「……好きな人に、作ってあげたいんだよ」



空気が一瞬で静まり返る。


想像もしてなかったタイミングに、想像もしてなかった言葉を聞いた莉愛は、文字通りその場で固まってしまった。


蓮は恥ずかしくて死にたくなる衝動をなんとか抑えながら、手で口元を隠して―――言う。



「だから、折衷案として……一緒に、作るしかないよな?」

「あ……………………ぅっ」



なんなの、この男。


恥ずかしさを飛び越えて、恨めしさまで感じてしまう。本当になんなの。


私のこと、どこまでときめかせたら気が済むの?こんなの酷いじゃん。こんなの……ずるい。



「……………………………………………バカ」

「…………………そっちも同じだろ」



蓮はそう言いながら、莉愛が使用している白いエプロンを手に取って、彼女に近づく。


好きな人に火照らされた頬に、片手を当てながら。


莉愛はぶるぶると震える手つきで、そのエプロンを受け取った。

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