52話  真夜中の誓い

小学時代だって、ある程度の恥ずかしさはあった。


だって、あの時は誰かと誰かが付き合うって噂されるだけでも、恥ずかしがる年頃なのだ。


しかし、そんな時にも蓮と莉愛はよく一緒に寝ていた。


お互い恥ずかしくて、学校ではあまりバレないように振舞いながらも。これが一般的な距離じゃないと分かっていながらも。



『蓮……今日、一緒に寝たいけど……ダメ?』



莉愛は顔を赤らませながらもそんなお願いをして、蓮はただ黙々と頷いていたのだ。


そして、正に今。二人は昔のように一緒のベッドに入っていた。



「蓮」

「……なに?」

「もっとこっちに寄って。おかしいじゃん、この距離」

「いや、無理だろ普通に……さすがに勘弁してくれよ、そこは」



もちろん、蓮がベッドの端に寄っているせいで真ん中にスペースが空いてはいるけど。


でも、莉愛も蓮もあの時と同じドキドキで、同じ気持ちで一緒のベッドに入っていた。


背を向いている蓮をちょっと恨めしく思いながらも、莉愛はぼそりと言う。



「……5数えるまでこっちに寄らなかったら、私が抱きつくから」

「っ……!き、君こそおかしいだろ!?なんだよ、今日……!」

「大丈夫?ママたち一階で寝てるから、騒いだらバレちゃうかもしれないよ?」

「ああ、もう!はあ……」



深いため息をつきながらも、蓮は抵抗を諦めてベッドの真ん中に戻ってくる。


莉愛はクスクス笑いながら、ぴったり蓮と背中を合わせる。さすがの莉愛も、顔を向けるのは少し恥ずかしかった。


好きな人には見せられないくらい、表情が緩み切っているから。



「私たちが一緒に寝るの、いつぶりだっけ?」

「ほとんど1年半くらいだろ。付き合っている時も、途中からは一緒に寝てなかったし」

「ふふっ、だね。あの時はしょっちゅう喧嘩してたし」

「……なのに、なんでまた俺に攻めてくるんですか?莉愛さん」

「ライブの時に私を見てたあなたが悪い。面と向かって何度もラブソング歌われて……そりゃ、誰だって落ちるじゃん」

「……………」

「ふふっ、私のこと見てたってところは否定しないんだ」

「……じ、自意識過剰なのでは?俺、実はあの時のこと上手く覚えてなくて―――」

「それ以上言ったら、襲うから」

「……脅迫の仕方が怖すぎだろ、君」



口調が本気のものだったから、蓮は出かけていた言葉を防ぐ。


しかし、襲うって言葉を聞いただけでも背中に莉愛の感触が余計に鮮明になって、頭が煩わしかった。


これ、本当に大丈夫なのか……?そう思っていた時、莉愛が次の言葉を放つ。



「あとは……さすがに、夢のせいかな」



若干尻すぼみになった声を聞いて、蓮の瞳が見開かれる。


夢。そっか……結婚すると言っていた夢のことか。どうやら、あの夢は莉愛に相当な影響を与えたらしい。


初めては、ただの虚言に過ぎないと思っていた。だけど、莉愛が毎日のようにその夢を見ていると言うから。


それに、その夢の内容は……莉愛も蓮も、二人とも同時に望むような内容だから。


だからこそ余計に、気を取られるのかもしれない。非現実的な、ちょっとファンタジー的なあの夢に。



「夢、か……最近も見てるよな?」

「……うん。そして、びっくりするくらい夢の内容が全部当たってるんだよね、不思議なことに」

「当たってるって、どういうことだ?」

「たとえば、そうだね……前に、あなたが先に私にキスしてくれたことあったよね?勉強会終わった後」

「……ああ、そうだな。それで?」

「実はね、それ……夢の中で聞いた内容と、全く同じだったんだよね。未来の私が、あなたが先にキスしたって言ってたから」

「えっ……そ、そんな」

「他にも色々あるよ?あなたが前に買ってくれた猫のシャツとか、文化祭の時のキスとか……だから、段々と信じるようになったの。夢のこと」



ウソをついているとはとても思えない、真面目な声だった。


それに、もし莉愛が言っていることが本当だったとしたら―――未来の自分たちは本当に、結婚することになる。


今一緒にいるこの現在と、莉愛が見ていると言う未来が繋がっていることになる。だからか、蓮は何も言わなかった。


……嬉しいから。



「……あなたは、どう思う?」

「………」

「私たち、結婚するんだって。あなたは……信じられる?」



莉愛の質問を聞いて、蓮はしばらく沈黙を保つ。ゆっくりと、考え始める。


今の自分が、莉愛の気持ちを全部受け止めて結婚まで突き進んでいけるとは、あまり思えなかった。


だって、自分は未だに迷っているから。莉愛を失いたくない気持ちと、莉愛の心を受け止めて前に進みたい気持ちが、未だに入り混じっているから。


……でも。



「莉愛」

「うん」

「……俺は、別れたくないんだ」



昔も今も、確かなことは一つだけだった。


莉愛の存在を、失ってはいけないこと。



「今回も、逃げるつもり?」

「いや、違う。逃げるつもりだったらそもそも君の部屋まで上がらないだろ……」

「なら、なんで?言っとくけど私も……あなたのこと、失いたくない。あなた以上にその気持ちは強いからね?」

「はっ、君は俺の気持ち分からないだろ?俺さ……こう見えて、君のことけっこう………けっこう、その……」

「……大事に思ってるってこと?」

「……そういうこと」



気恥ずかしくて紡がなかった言葉を、莉愛が先に言ってくれる。蓮は今の顔が見られなくてよかったと心底安堵していた。


そして、莉愛は。



「私は、あなたがいなかったらたぶん死ぬ」



平然ととんでもない爆弾を投げかけて、蓮の目を見開かせた。



「いや、いくらなんでも極端すぎるのでは?」

「……ウソじゃないもん。本当に死なないとしても、死ぬほど苦しむとは思うけど?別れた時も、そうだったし」

「うわぁ……めっちゃくちゃ重い女じゃん。俺の人生もとうとう詰んだか」

「誰が言ってるの、誰が。私並みに愛が重いくせに」

「ぷはっ」



蓮は笑いながら、窓際に差し込んでくるかすかな光を見つめる。


そうだ。愛が重いのはお互い様か。自分だって莉愛の存在を忘れられないだろうし、莉愛だって同じなはずだ。


だから、別れることはできない。これ以上の失敗は―――許されない。


その真実を噛みしめた後に、蓮は言う。



「莉愛」

「うん」

「俺は君と別れたくもないし、昔のように苦しみたくもない。ずっと……一緒にいたいんだ」

「…………………うん」

「だからさ、だから………たぶん、恋人じゃ足りないかも、しれない」



恋人じゃ足りない。


ただでさえ早鐘を打っていた莉愛の心臓が、またもやドカンとなる。


蓮の言葉だとは信じられない内容が、またもや流れてくる。



「恋人じゃできないんだ。恋人なんて別れたら終わりだし、夫婦だって……離婚したら、終わりだろ?」

「………そ、そう……だね」

「……だからさ、覚悟が必要なんだよ」



死ぬほど恥ずかしいけど。恥ずかしくて今すぐ窓際の外へ飛び降りて、そのまま逃げ去りたいけど。


その衝動をぐっと抑えて、蓮は心の底にあった言葉を無理やり引っ張り出す。


莉愛に、本当の気持ちを伝えるために。



「君のことを、ちゃんと責任取れるって確信できる覚悟が必要なんだ。恋人だけじゃ……足りないんだよ」

「……だから?」

「だから、告白はしばらく保留にして欲しい」



まるで、蓮が先に告白するのが当たり前のような口調だったけど、違和感はなかった。


どのみち、莉愛も蓮の気持ちにある程度は……気づいていたから。



「これから頑張るからさ。これ以上は逃げずに、ちゃんと君と向き合えるように……その結婚した夢のことを、本当のことにできるように頑張るから」

「…………………………」

「告白だけはもう少し、待ってくれないかな。その時になったら、必ず先に告白するから」



…………ああ、ダメ。


なんなの、この男。今日はいくらなんでも、おかしい。おかしすぎる。


なんでこんなにも、心臓をめちゃくちゃにかき乱すのだろう。どうしてこんなにも、愛おしいのだろう。


莉愛は耐えられなくなる。羞恥心で満ちている顔を見られるのは恥ずかしいけど、我慢ができない。


莉愛はさっそく、体の向きを変えて蓮に抱き着いた。



「っ……!」

「…………本当、バカ」

「あ………はぁ……ああ、くそ。恥ずかしい……………」

「……こっちがもっと恥ずかしいわよ、こっちが」



でも、嬉しい。


告白の返事をOKしてもらった時より、何倍も嬉しい。何十倍も、何百倍も嬉しいのかもしれない。


だって、蓮の言葉は―――この先ずっと一緒にいられるように頑張るって言葉だから。


莉愛は連の首筋に顔をうずめたまま、言う。



「……いくらでも、待つから」

「…………」

「あなたのことなら、いくらでも待つから……だから、約束するね」

「……なにを?」

「あなたと釣り合うような素敵な人になれるよう、私も頑張るから」



溢れ出した思いを表すみたいに、莉愛はもう一度蓮をぎゅっと抱きしめて。



「だから、いつかは私のすべてを……あなたのものにして」



昔からずっと抱いてきた願望を、声の震えに乗せて送り届けた。

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