54話 蓮の暴走
いよいよテストが迫ってきて、莉愛は嫌でも勉強しなきゃいけない状況に追い込まれた。
しかし、莉愛は全く勉強に集中ができなかった。蓮が……蓮が、心臓に悪いことばかりするからである。
「ここの点とここを繋げば、新しい図形ができるじゃん?そして、この公式を使って―――」
テスト前夜であるにも関わらず、自分の勉強を後回しにして自分に数学を教えてくれる蓮。
その横顔をチラッと見てると、またもや鼓動が高鳴る。本当に、どうにかなってしまいそうになる。
「……莉愛さん?」
「な、なに?」
「俺の顔じゃなくて、問題を見てくれませんか?」
「………………し、仕方ないじゃん」
やっぱりバレてたんだ。でも、仕方ないと思う。全部この男が悪いから。
真夜中に平然と私の部屋に来て、肩が触れ合うか触れ合わないかの距離で勉強を教える、この男が悪いに決まってる。
……恋する乙女にとっては、刺激が強すぎるから。
莉愛は割と本気で、そう思っていた。
「仕方なくはないじゃん。明日テストだろ?」
「……す、数学はいいの。英語で点数取ればいいだけだし」
「ふうん、ならなんで俺に勉強教えてって言ったんですか?」
「……………………………知らない」
「ぷふっ……あっ、分かった分かった。悪かったって~」
羞恥心でさっさと逃げようとする莉愛の手首を、蓮は優しく握る。
その些細なスキンシップに莉愛の頭がパンクし、余計に隣にいる蓮の存在が浮き彫りになる。
「……というか、なんで私のお願い聞いてくれたの?あなた、割と成績気にする方でしょ?」
「一晩で成績が有意義に変わるわけでもないからな~~俺は、誰かさんと違って日頃から勉強してるし?」
「へぇ~~~そっか!今のわたし喧嘩売られてるんだ~~これはもうパソコンを壊すしかないよね?」
「ちょっ!?お、俺が悪かった!俺が悪かったから落ち着いてくれよ……!!」
「ぶぅうう」
莉愛は精一杯頬を膨らませてから、ぷいっとそっぽを向く。
蓮は片手で頭を抱えながらも、仕方ないとばかりに苦笑していた。
「拗ねるなよ~俺が悪かったから」
「……ぶぅうう」
「……まあ、それともう一つの理由があるとするなら」
「うん?」
そこで、蓮はやや耳たぶを赤くさせてから言う。
「中学の時の失敗を、繰り返さないため……かな」
「………………えっ?」
「今、勉強を教えている理由。できる限り君の想いに応えてあげたいって思ってるし、だからなんというか……その」
そして、ついに耐えられなくなった蓮は視線をそらして、蚊の鳴くような声でつぶやく。
「……一緒に、いたかったし」
「………………………………………………」
なんなの、本当に。
心臓が鳴るのを通り越して、轟いているようにさえ感じられた。
一気に顔に熱が上がって、言葉を噛みしめるたびに精神が朦朧となって、飛んでしまいそうになる。
最近の蓮は、ずっとこうだった。
三日前、両親たちが家に来た時以来からずっと、蓮は積極的に表現をしようとしているのだ。
昔の、ぶっきらぼうな中学の時だったら絶対に言わないはずの愛情表現。
一緒にいたいとか、大事だとか、頑張るとか……そんな言葉を言われるたびに、頭のネジが一本一本飛んでいく。
「ほ、ほら。まだ問題残ってるだろ?ちゃんと勉強に集中―――」
「……やだ」
「え?」
「やだ、絶対に」
飛んでしまったネジの名前は理性で、莉愛は衝動に耐えられなくなる。
互いの肩が触れ合わないぎりぎりの距離が、一気になくなった。莉愛は連の首筋に両腕を巻いて、椅子から立ち上がってそのまま蓮の上に座る。
「ちょっ……うわっ!?あ、危ないじゃん……!」
「誰が悪いと思ってるの?」
感情が込みあがりすぎて、目じりに涙がにじみ出る。
莉愛はその瞳を潤わせたまま、蓮を至近距離で見つめた。
「もし成績落ちたら、絶対にあなたのせいだから」
「っ……!そ、それを言うならこっちだって!!」
「なら、今すぐ勉強しに行けばいいじゃん。なんで私の部屋にいるの?」
「今、ちょうど誰かさんに抱き着かれてるんですが!?」
「勉強しに行くなら、解いてあげる。明日テストだし」
「……………君は?」
「私は、もうダメ。今日は絶対に………絶対に、眠れない」
莉愛にはその確信があった。この暴れ狂いそうな精神のまま勉強に集中するなんて、きっとできない。
寝ることも許されない。勉強もダメ。気持ちが収まるまでずっと、蓮のことだけを考えさせられる。
本当に、悪質極まりないと思った。この男はいつも、平気に自分を溶かしてしまうから。
「……ほら、早く勉強しに行くって言って。そうしたら、解いてあげるから」
「………………」
テストまであと10時間も残っていない。
莉愛に勉強する気がないなら、さすがにここにいる理由がなくなる。なら、とっとと自分の部屋に戻って数学の勉強をすべきだ。
でも、蓮の答えは。
「あ、え……?ん、んんっ!?んむっ、ちゅっ……ん、んん……!!」
莉愛が全く想像もしていなかった、熱烈なキスだった。
唇がついばまれてビクンとするものの、莉愛はすぐに目を閉じて蓮を強く抱きしめる。
蓮もまた、莉愛の背中に手を回して精一杯抱きしめる。その行動にはもう、遠慮という二文字が見つからなかった。
好きな女の子にしかしない、抱きしめ方。
蓮が先に唇を離すと、莉愛はあわあわしたままなんとか聞く。
「な、な、なっ……!?な、なんで……!?」
「……………」
蓮は、しばらく間をおいてから答えた。
「……成績より大事なことも、あるから」
「……………え?」
「………………」
「………………それっ、て」
「ちゅ、中学の時みたいになりたくはないんだよ。俺だって……」
とうとう耐えれなくなったのか、蓮は俯いたまま腕をぶるぶると振るわせる。
だけど、とんでもない発言を投げられた莉愛はただぼうっとするしかなくなった。成績より大事なこと。
………それはすなわち、自分。
そりゃ、頭では分かっている。蓮に自分より大事なものはほとんどいないはずだと、分かっているけど。
「…………あ、ぁ……ぁ……」
でも、これはさすがに反則過ぎる。
ずるい、ずるい、ずるい。その言葉しか頭の中に巡らなくて、なんて言ったらいいか分からなくなって、莉愛は言葉に詰まる。
そんな空気の中、蓮はようやく顔を上げて莉愛をまっすぐ見つめた。
羞恥心と爆発的な嬉しさでトロトロになっている、好きな女の子の顔。
「…………あ、うっ、ぁ……」
「……よほどテンパってるな、君」
「誰が悪いと思ってるの!?あ、あんな場面でキスとか、キスとか……!!」
「………別に、おかしなことではないだろ?」
蓮だって、恥ずかしい。でも、ちゃんと表現をしないと莉愛がまた不安がるかもしれないから。
それに、どれだけ恥ずかしくてもちゃんと伝えたい言葉だから……蓮は再び、言い放つ。
「す………好き、だし………」
「……………………………」
「……っ!な、なんか言ってくれよ!!なんで俺だけ……!」
パニックになった莉愛は、ようやくある真実にたどり着く。
そう、今の蓮は正に暴走状態だった。加減が分からなくなっていて、不器用ながらも精一杯がんばってはいて。
だから、あんな恥ずかしくて鳥肌立つ言葉を何度も、何度も伝えてくるのだ。昔だったら絶対に言わないはずの言葉を。
……………でも。
「……寒い」
「え?」
「……私、一晩中寒くなる予定だから。もうテストなんてどうでもいいから……温めてよ、早く」
「……………」
「あなたにしか、温めてもらえないから」
莉愛は、その言葉をかけられるたびに蕩けてしまって。
もう歯止めや理性という言葉が見当たらない、理不尽すぎる女の子になりきっていた。
蓮はしばらく間をおいてから、キスをする。莉愛はさっそく抱き着いて好きな人の温もりを奪う。
そして、翌日。
刺激が強すぎた夜のせいで、二人は仲良くテストの成績を落としてしまった。
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