49話  好きになる人は、一人だけで充分だ

気づけばこうなっていたと、蓮は今更ながら思うしかなかった。


本当に無意識だった。莉愛と自然にスキンシップを取ったことがあまりにも多いから。この距離にも全く違和感がないから。


だからつい、昔の癖が出てしまうのだ。キスする寸前に―――莉愛の頬を軽く撫でるという、一種のルーティンみたいな行動が。



「……………ぇ?」



そして、急に頬を触れられた莉愛は慌てて、目を見開く。


その反応を確かめて、蓮はようやく正気に戻った。はっ、とまずそうな反応をしながら、蓮はそそくさと身を引く。



「あ……い、今のは!今のは……その」

「……蓮」

「……いや、ごめん。本当ごめん。その……あれだ、あれ!もう一回ゲームやろうぜ!今度こそぶっ飛ばしてあげるから―――」

「蓮」



無理やり友達の空気に戻ろうとしている蓮を、莉愛が嗜める。


当たり前な話だった。彼女が求めるのは友達じゃなくて恋人で、ひいてはその先にある……夫婦の関係だから。



「蓮、答えて」

「な、なにを?」

「さっき、なんで私の頬撫でたの?」

「………」

「あれ、キスする前にいつもやってくれたヤツだよね?」

「……む、昔の悪い癖がつい出ただけだから。別に、君とキスしたかったわけじゃ―――」

「私、寒い」



蓮が無理やり感情を濁そうとしたその時。


莉愛からはまた魔法の言葉が放たれてしまい、蓮は困惑した顔で莉愛を見つめた。


寒い、という言葉はキスをして、という言葉。


逃げることを許さない、切実なお願いみたいなものだった。



「……蓮」

「………」

「私、寒い」



莉愛の潤っている瞳が、狂おしいくらいに蓮に突き刺さる。その感情を浴びている蓮は、茜に言われた言葉を思い出していた。


別れるかもしれないけど、そうならないように精一杯頑張る姿勢が大事。


莉愛は床を這うようにして、自分の大好きな人に近づく。蓮は唇を引き結んだまま、体も引かずにただただ莉愛を見つめる。


色々と綺麗すぎた。白金色の髪の毛も、青い瞳も、細くても出るところはしっかり出ている体型も、緊張している表情も。


やがて、互いの息遣いが当たりそうな距離まで縮んだ莉愛は、ぼそりとつぶやく。



「……逃げないの?」



その質問に、蓮はありのままの気持ちを返した。



「……悩んでる」

「ぷふっ、なんで悩んでるの?」

「……俺が知るわけないじゃん」

「あなたの気持ちなのに?」

「俺の気持ちなのに」



……いや、ウソだ。分かっている。失いたくないからだ。


失いたくなくて、また別れて苦しむのが怖くて、逃げ回ってきたのだ。


友達という仮面をかぶって、必死に平気なふりをして。でも、心臓は昔も今も相変わらず勝手に暴れていて。


目の前にいる莉愛は魅力的すぎて、やっぱり好きで好きでたまらなくて、悩んでいるだけで。


そして、蓮と全く同じ状態である莉愛は、短く息を吸ってから言う。



「……好き」

「…………………………」

「知ってるでしょ?ずっと好きだったから。別れた後も、今も、ずっと……」

「……莉愛」

「うん」

「怖くもないの?俺と別れるのが」

「そりゃ、怖いよ。怖くて怖くて、仕方がないけど……分かってるもん」



そして、莉愛は連の頬に片手で触れてから、ゆっくりと目をつぶりながら言う。



「私にはあなたしかいないって、ちゃんと分かってるから」



そのまま、唇が塞がれた。


夢のような感触に、思い出の中にあった風景に蓮の心臓がドカンと鳴って、徐々に落ち着く。


あなたしかいない、か。それはこっちのセリフなのにと、蓮は思う。


俺の人生で好きになる人は、一人だけで十分だから。


だから、蓮はそっと莉愛を抱き寄せる。



「ん……んっ!?」



突然のハグに、莉愛がビクンと体を跳ねさせる。それさえも受け入れるとばかりに、蓮は優しく莉愛を抱き寄せる。


分からない。まだ考えの整理がついていないのだ。自分は不器用な人間だから、考える時間が必要なのに。


茜の言葉を飲み込んで理解する時間が必要なのに、自分は衝動に負けて莉愛とキスをしている。


だけど、何故かそれが当たり前のような気がした。


好きな人にキスすることに、間違いがあるはずはないから。



「んん………ん」



拒まれていないと悟った莉愛は、昔のように蓮に密着しながら唇をついばんでいく。


子供だった頃とは違って、あきらかに成長した体を密着させているのだった。当然、蓮は固いし莉愛は柔らかい。


熱がどんどん増していく。久々に訪れた刺激に、莉愛は目じりに涙まで浮かばせた。


そして、5分くらい経って。



「ふぅ、ふぅ………ふぅ………」

「はぁ、はぁ、はぁあ……ふぅうう……」



互いの息が苦しくなって、ようやく唇を離したその時。


蓮は困ったような顔を浮かべながら、莉愛に尋ねた。



「……少しは、暖かくなった?」



あまりにも優しい、夢で見た未来の蓮と瓜二つなその声に。


莉愛は顔を綻ばせながら、強く頷く。



「……うん。少しは、暖かくなったのかも」

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