48話  昔のままの距離

リスクを背負って、頑張ってみなさい。


蓮の頭の中には、その言葉が刺さって離れなかった。


なにせ、あんなに真面目だった茜を見るのも初めてだったけど―――その言葉が、今の自分の行くべき道を示してくれるようだったから。



『上手く行かなかったときのことを全く考えるな、と言っているわけじゃないよ。それが十分に起これると分かったうえで、そうならないように頑張る姿勢が大事だって言いたいだけ』



……素敵な言葉だと思う。茜の言葉が間違っているとは、正直思えない。


蓮はジッと、部屋のベッドに座っている莉愛を見つめた。



「……な、なに?」

「……いや」



茜を含めた親組は、1階のリビングで楽しく談笑を交わしている。


昔からよくあることだった。1階で親たちが話しをしていれば、二人は連の部屋に上がって自然と二人きりになる。


まだ純粋だった昔は、この時間がただただ好きだった。あの時は手を重ねることもできたし、抱き合うのも、ちょっとだけキスをするのもできたから。


でも、今は―――少し離れた距離で、互いを意識し合うことしかできなかった。



『……ううっ、どうしよう!?どうしたらいい!?私、私は……!』



でも、だからといって恋の炎が消えたわけではなく。


莉愛はさっき、蓮の母親である藍子に聞かれた言葉に、精神を持っていかれていた。


茜が蓮と出かけていた時、藍子はなにも言わずに―――ただただ愛おしそうに莉愛を見つめながら、彼女の手をぎゅっと握りしめたのだ。



『莉愛ちゃん』

『は、はい!』

『言いたいことは色々あるけど……でも、この言葉しか浮かべないわね、ふふっ』



そして、藍子は莉愛にとって肝心な言葉を放っていた。



『頑張ってね。ちゃんと、応援してるから』



………その応援の対象がなんなのかは、深く考えなくてもすぐに察することができる。


間違いなく、自分と蓮の関係を応援する、ということだろう。


そのおかげで、莉愛は今暴走状態だった。なんと、好きな人の母親に支持を受けているのだ。


それに、昔のように出来上がった二人だけの空間。莉愛の鼓動が収まるはずもなく。



「あ、あの……蓮」

「うん?」



莉愛は緊張しながらも、ぎこちない声色で蓮に提案をした。



「げ、ゲームやろうよ。昔みたいにさ……」

「ゲーム?なんのゲーム?」

「格ゲーあるじゃない。昔に一緒にやった」

「ええ~~それに挑戦するんですか、莉愛さん?昔俺にボコボコにされて泣き出したくせに?」

「嫌なことは本当よく覚えているわね、あなた……!じゃどうしろって言うの?他にすることないでしょ!?」

「ほらほら、そう怒らずに。格ゲーはさすがに実力の差あるから、仲良くマリカーでもやろうぜ」

「……まあ、それなら」



よかった、受け入れてくれるんだ。


莉愛は安堵感を抱きながらもやや緊張した面持ちで、蓮の隣に座る。


少しでも傾ければ、肩が触れ合ってすぐにスキンシップが生まれる距離。


昔はこんな距離が日常だったのに、莉愛は少しだけ緊張する。



「そういえば、あなたとこうしてマリカーやるのは久しぶりだね」

「だな、一緒に住んでても割と各々の部屋に引っ込んでたし」



蓮は苦笑を浮かべながらゲーム機を渡す。莉愛がそれを受け取り、間もなくしてマッチングが終わった。


莉愛はそれまでも、ドキドキしながら隣にいる蓮を意識していた。しかし、10分くらい経った時。



「あ~~!あなた、今私にアイテム使おうとしたでしょ!?」

「ぷははっ、なんのことだか分かりませんな……って!?おい!なんで俺を弾き飛ばすんだ!!」

「知らないわよ、始めたのはあなただから!!」

「くっ、こうなったら……!!」

「ちょっ、どうして私だけ狙うの!?戦争したいわけ?私と戦争したいわけ!?」



すっかり昔のテンションが戻った二人は、ドキドキなど全く見当たらない雰囲気を醸し出していた。


たとえ一度別れたとしても、二人は未だに幼馴染で一緒にいると気が楽な間柄なのだ。


結局、互いのカートをぶっ飛ばすことだけに集中されたマリカー戦争は莉愛の勝ちで終わり、蓮は頭を抱えながら悶えていた。



「くそ……!なんでだ、なんで最後にサンダーが出るんだ……!」

「ははん、どうちまちたか~~?さっきまで得意げだった蓮君はどこに行ったんでちゅか~~?」



急な赤ちゃん言葉にムカッと来た蓮は、そのまま勢いよく莉愛に振り向く。



「この性悪女……!今度こそ、何があってもビリにしてあげるから―――」



そして、次の瞬間。


あまりにも近すぎる莉愛の顔を見て、蓮は一瞬動きを止めてしまった。


マリカーで盛り上がった雰囲気と、昔のままのテンション。そのせいで、二人とも距離感がずいぶんおかしくなったのだ。


莉愛の真っ白な顔が見える。綺麗な白金髪と、青い瞳も。


何十回も触れ合った、ピンク色の唇にも。



「あ………ぅっ」



一方で、莉愛も困惑した顔で蓮をただ見つめていた。好きな人が目の前にいるのだから、仕方がない。


昔のままだったら、間違いなくキスする距離だ。


でも、別れたと言う事実が莉愛の理性に歯止めを利かせる。


落としてやるとは言ったものの、蓮に嫌われたくない莉愛はどうしても、衝動をそのまま爆発させることができなかった。


一歩遅れて、莉愛がハッとしながら思考を巡らせる。



『こ、これって……!?ど、どうすればいいの?でも、キス……キス、したいけど。でも……』



そうやって、莉愛が悶えていた時。


蓮はなにかに取りつかれたように、自然と片手で莉愛の頬に触れる。



「……………ぇ?」



想像もしてなかった柔らかい触感に。


莉愛は目を見開いたまま、ただただぼうっと蓮を見つめるしかなかった。

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