50話  好きは消えない

キスしてくれるとは思わなかった。


本当に、思わなかった。最近の蓮の反応を考えると逃げられると思っていたからこそ、なおさら調子が狂う。



「蓮ちゃん、莉愛のせいで大変でしょう~?なにか食べたいものでもある?」

「いえいえ、大丈夫ですよ!普通にファミレスでも大丈夫ですから!」



夕方、久々に外食をすることになった両家の家族たちは、車に乗って隣町の繁華街に向かっていた。


しかし、蓮は何故か七瀬家の車を乗っていて―――莉愛は隣にいる蓮をちらっと見つめながら、顔を赤らませる。


あの後も、キスをした。


何回かキスをして、ふにゃふにゃに溶けて、もうこのまま押し倒されたいと強く願うほどに……大好きが、爆発していた。



『……っ!』



でも、そんなときに限って蓮は理性を働かせる。


このままだと本当にマズいと思った蓮は、莉愛の肩を掴んで無理やり引き離していた。


莉愛に対する明らかな拒絶。でも、蓮の次の言葉が、その拒絶に合理性を与えてくれた。



『……莉愛』

『……なによ』

『嫌じゃ、ないから』



莉愛が傷つくのが怖くて。また、少しは自分の感情に素直になるべきだと思って。


だから、嫌じゃないと本音をこぼしたのだ。しかし、その本音はあまりにも甘い痺れになって、莉愛を襲う。



『…………き、キスが?』

『っ……!わ、分かってること言うなよ!』

『……嫌じゃないのに、なんでキスしようとしないの?』

『いくらなんでもド直球すぎるだろ……!俺は、ただ……』



そして、既に首筋まで赤くなった顔のまま、蓮が言っていた。



『ただ……頑張ろうとしているだけなんだ』

『……』

『お、俺もなにやっているのかわけわからないけど!でも、このままずっと避け続けるのはさすがに悪いと思って―――』



その段階で莉愛はもう、待てなかった。


好きな人が、自分を好きになろうと頑張っているのだ。自分の思いを受け入れようとしているのだ。


そんなのは反則だし、言ってはいけない言葉だったと思う。だって、莉愛も蓮の気持ちを知っているのだ。


蓮が自分を避けて距離を置こうとしているのは、自分と永遠に別れないため。


理由さえも愛おしくてたまらないのに、面と向かってそんな言葉をかけられたら―――理性なんて、簡単に崩壊する。



『んんっ!?ん……!!』



気づけば、キスをしていた。蓮を襲うようにして再び体を密着させて、首に両腕を回して、唇を奪っていた。


好きな人の匂いは相変わらず素敵で、温もりにも説明が要らない。


またキスをして最後に唇を甘噛みした後に、莉愛は顔を少しだけ離して……既に溶けた瞳のままで、言った。



『……バカ』

『…………』

『期待させるようなこと、言わないで……私だって、どうすればいいか分からなくなるもん』



その後にちょうど茜から一緒にドライブをしに行こうという話になって、二人は秘密の時間から連れ出されたのだ。


テスト期間中だから断ろうとしたものの、あのままだと絶対になんらかの事故が起こりそうだったから、二人もしぶしぶ頷いて。


結局、流れる風景には少しも集中ができない、モヤモヤなドライブをしてきたのである。



「いらっしゃいませ~~何名様でしょうか?」

「6人で!」

「かしこまりました。少々お待ちください!」



そして、そのモヤモヤの時間はまだしばらく続くらしい。


ファミレスには既に人がある程度詰まっていた。その一番奥の席で案内された後、蓮は父親の雅史の隣に腰かける。



「ふふん~~楽しかっただろ?」

「……なに言ってんだか分んないけど」



からかうように質問してくる雅史の言葉を適当に返して、蓮はふうとため息をつく。


でも、次の瞬間―――



「…………」

「……ぇ?」



まるで当たり前のように、莉愛は連の隣のスペースに座って。


家族と並んで座るとばかり思っていた蓮は、思わぬ展開に目を丸くしてしまった。



「……ふふっ。さて、なに食べようかな?あ、藍子!そっちのタブレット頂戴~?」

「はいはい~ふふふっ」



まるで高校生みたいなテンションの母親たちを前にして、蓮はぽかんと口を開ける。


いや、この状況に違和感とかないんですか……?莉愛が明らかに俺の隣に座ってるんですよ?なんでさらっと流しているんですか!?


そんなことを問いたい気持ちをぐっと抑えて、蓮は目を細めながら莉愛を見つめる。



「……なに?」

「……………」

「……あ、ママ。私はハンバーグ」

「分かったわ~蓮ちゃんは何食べる?」

「あ、俺はパスタとかで……っ!?」

「うん?どうしたの、蓮ちゃん?」



そのままメニューを選ぼうとしたときに、蓮はびくっとしながら言葉を止める。


急に、莉愛から手を握られたからだ。



「あ、いえ……何でもないです!お、俺はこのアラビアータで!」

「……ふふっ、分かったわ。ピザはいいの?」

「はいっ、大丈夫です!」



繋がれている手に神経が集中されて、どうすればいいか分からなくなる。


なんとか疑われないように振舞った後、蓮は若干恨めし気に莉愛を見つめる。


だけど、莉愛はしれっとした顔でずっと前を向いているだけだった。



「っ……!?」



それにとどまらず、莉愛は次に足まで絡ませてきて、まるで付き合いたてのカップルみたいな行動をする。


莉愛の耳たぶが少し赤くなって、手には汗が滲み出ているのが感じられた。緊張している証拠だろう。


……昔は、確かにこれで正常だった。外食する時とか家族と一緒にいる時とかは、こっそり手を繋いだり足を絡めたりしていたのだ。


でも、成長した後からもこれだなんて、これはさすがに自然と離すべきじゃないかと思っていた―――その瞬間。



『上手く行かなかったときのことを全く考えるな、と言っているわけじゃないよ。それが十分に起これると分かったうえで、そうならないように頑張る姿勢が大事だって言いたいだけ』



今朝、茜がかけてくれた言葉が蓮の中で蘇り、離そうとした手を一瞬止める。


頑張る、そう……頑張る。莉愛は頑張っている。過去の失敗を味わっていたにも関わらず、気持ちを精一杯伝えてくれている。


なのに、男である自分はなにをしているのだろう。


なにも答えてあげていない。気持ちは一緒なのに、ずっと逃げているだけ。


……………だから。



「………ぁ」

「…………」



蓮は、手汗が滲んでいる莉愛の手をぎゅっと握ってから、恋人つなぎをする。


莉愛の驚いたような声が鳴り響く。痛いほど、手を強く握りしめた。


自分がしている行動はきっと、器用な行動ではないと蓮は分かっていた。


でも、仕方がない。自分も気持ちは一緒だから。



「………」

「………」



繋いだ手から伝わる温もりで、莉愛も察する。ずっと、薄々気づいていた。


気持ちは一緒だ。互いの好きは消えなかった。


別れてもなお、気持ちはずっと続いている。


そして莉愛は、目の前に親がいるにも関わらず。



『……本当に、バカ』



自分の気持ちに少しは応えてくれた蓮を抱きしめたくて抱きしめたくて、しょうがなくなっていた。

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