33話 私たち、結婚するんだよ?
『うわぁ、寒いぃ……!』
それは、二人がまだ11歳だった冬の話。
二人の両親に同時にお使いを頼まれて外へ出たところで、莉愛が身を縮こませながらそう言ったのだ。
確かに、その日は寒かった。夜に雪が降るという天気予報もあって、マフラーをしても風が入り込んでくる日だったのだ。
『うぅ……蓮。寒い、寒すぎるよぉ……』
『あはっ、莉愛。昔から寒がりだもんね~~おかしいな。お父さんはアメリカ人なのに』
『アメリカは関係ないでしょ!?うぅ……寒いぃ……』
その時。手袋をしたまま、全身を震わせている莉愛を見て。
『……莉愛』
『うん?あ――――』
蓮は、衝動的にキスをした後、自分が巻いていたマフラーを莉愛と一緒に巻いたのだ。
莉愛の手を自分のコートのポケットに入れて、ぎゅっと握りしめて。莉愛の手汗が滲んでも、離さなくて。
まるで、物語に出てくるお姫様のような気持ちになった莉愛は、ぼうっと蓮を見上げていた。
『…………蓮』
『さ、寒いと言ったから!莉愛が寒いと言ったから、温めてあげたくて……』
『…………私、寒い』
実は、少しも寒くなかった。
蓮から伝わってきた温もりが、キスの感触と手の暖かさがすべてを振り払ってくれたから。
でも、少しも寒くないのに、莉愛はもう一度その言葉を口にした。
『……ちゅー、してくれないと。もっと……さ、寒いかも……しれないよ……?』
『…………………………………』
恥ずかしさを忍びながらも、なんとか言葉を紡いだ莉愛が愛おしくて。
蓮は、つられるようにキスをして―――そこで、魔法の約束が誕生したのだ。
キスをしている間に雪が降り始めた、その幻想的な夜に。
莉愛が寒いと言えば、蓮が必ずキスをしなければならない約束が、出来上がってしまったのだ。
そして、二人が別れた今でも、莉愛はその約束を当たり前のように口にしていた。
「私、寒い……」
「……………」
「蓮」
かすれた声を聞くと心臓が痛くなってくる。
でも、莉愛にキスをせがまれている事実にもっと、心臓がきゅっと縮まってしまう。
莉愛はいつの間にか上半身まで起こして、切実な表情で蓮を見上げていた。
蓮は少し表情を歪ませながら、言う。
「……か、風邪ひいてるだろ?移す気か?」
「けほっ、けほっ……昔は、風邪ひいてもキスしてくれたでしょ?」
「昔は………でも、今は」
「……風邪、ひいてもいいよ。私が看病してあげるから」
ヤバい、と蓮は思った。
今の莉愛は、いや最近の莉愛はタカが外れている。友達がしてはいけない行為を堂々と要求してくる。
気が狂って、なにも言えなくなる。
それでも、蓮は莉愛に背を向けることができなかった。
「……莉愛」
そして、蓮は複雑そうな顔で再び椅子に座った後、前にも伝えた言葉を蒸し返す。
「クサイから言いたくないけど、俺はもう二度と失いたくない」
「……」
「失いたくないし、そもそも……俺はさ、君をたくさん傷つけただろ?たくさん泣かして、怒らせて、気持ちにすべて答えることもできなくて。だからさ、これ以上は―――」
「私たち、結婚するんだよ?」
その言葉を聞いて。
蓮の顔は、苦しさから驚愕に変わっていく。
「私たち、結婚して幸せになって――娘も二人、持つんだよ?」
「…………………君、なにを」
「夢の内容。あはっ、そうだよね……狂っていると思われても仕方ないよね。でも、私は毎日見てるからさ……けほっ、私は……けほっ。毎日毎日、夢を見てるから……分かるの」
莉愛は、ぐるぐる回る視界の中で精一杯蓮を捉えて、言い放つ。
「私たち、きっとよりを戻して幸せになるって――分かっちゃうもん」
「………莉愛」
「だからね?私、頑張りたいんだ。その夢が本当に現実になれるように、また……また、愛してもらえるように、頑張りた――――」
「莉愛!?」
高熱で無理をしたせいか、莉愛が一瞬後ろに倒れそうになる。
慌てた蓮は素早く莉愛の後ろ頭に手を挟んで、焦った顔で彼女を見下ろした。
仕方のないことだった。自分の命よりも大事な人が倒れかけていたら、こうもなる。
しかし、次の瞬間。
「んむっ……!?ん、ん……!」
「……………」
莉愛はとっさに、蓮の首に両腕を巻いてキスをしてきて。
唐突なキスにびっくりして、蓮はわけが分からなくなる。
莉愛の、やや荒れている唇の感触は昔と全く同じで、それでも気持ちよくて、幸せで。
『ああ………くそ……』
蓮も、信じたくなってしまう。結婚して幸せになる―――そんなバカみたいな莉愛の夢物語を、信じたくなる。
そうなれたら、どれほど幸せなことだろう。
莉愛と一緒に笑えるのがどれだけ幸せなことなのか、蓮はちゃんと分かっているのだ。
「………蓮」
そして、唇を離した莉愛は―――頭がさらに痛くなった状態の中でも、笑いながら言った。
「好き」
「…………」
「………………大好き」
全然予想もしてなかった、心臓が痛くなるその告白に。
蓮はなんと答えればいいのか、分からなくなった。
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