32話 魔法の言葉
「けほっ、けほっ……ああ、もう……」
かすれた声が出る。莉愛は熱のこもったため息をつきながら、目をつぶった。
ああ、もう……罰が当たっちゃったのかな。蓮を昔みたいに振り回そうとした罰が。
「…………本当、最悪」
他の女の子とたちと遊ばないで。
そんな言葉を口にしたら、もう取り返しがつかない。認めるようなことだ。
未だにあなたのことが好きだと。未だに、あなたのことを独占したいと。
でも、それは蓮が望んでなかったはずの言葉で。そして、友達の関係で言ってはいけなかった言葉でもある。
それで後悔して、悩みに悩んで、上手く眠れなくてくよくよしていたら―――風邪を引いたのである。
ああ、もうやだぁ……何も考えたくない。このまま消えてしまいたいぃ……。
そんな風に、莉愛が自分を責めていたその瞬間。
「莉愛~~起きてるか~?」
「っ!?」
平然とした蓮の声が聞こえて。
蓮は返事も待たずに堂々と莉愛の部屋に入ってきて、ベッドで目を丸くしている莉愛を見つめた。
コンビニでも行って来たのか、左手にビニール袋を提げている。
「なんだ、起きてるのか」
「な、なっ……!なんで家にいるの?学校は!?」
「同居人が風邪引いているのに学校行けるはずないだろ?ほら、熱は?」
「あ……うっ」
昨日と全く変わっていない蓮の反応を見て、莉愛はつい怯んでしまう。
それでも、柔らかい笑みを浮かべている蓮を見てると、勝手に心臓が暴れる。
ああ、なんで学校行かないの……行って欲しかったのに。
あなたが隣にいると、熱が冷めないじゃない……。
「8度5分か……こりゃ、明日も休んだ方がいいか」
「……あなたも、明日休むつもり?」
「そうなるんじゃないかな~~さすがにほっとけないし。ほら、冷却シートつけるから、前髪ちょっと失礼」
「あ……」
蓮は慣れた様子で冷却シートのシールをはがして、莉愛のおでこにつける。莉愛はぼうっと、昔のことを思い出した。
風邪をひいて、蓮が初めてお見舞いに来た小学生の頃も。
蓮はこうして、冷却シートを貼ってくれたのだ。前髪をかき上げながら、静かな笑みを湛えて。
……あれから、蓮は変わっていない。いや、むしろもっと格好良くなって、額に伝わる手もあの頃よりずっと大きくなった。
「ゼリーとみかんとエナドリ買って来たから。あ、お昼は何食べる?うどん?それともおかゆ?」
「……蓮」
「なに?」
「ごめんね」
唐突な謝罪を聞いて、蓮は目を丸くしつつもすぐに顔を綻ばせて、莉愛の頬に手を添えた。
「なにに対して謝ってるんだよ、君は」
「割とすべて」
「ほお、大きく出たな~~まあ、そうだな。確かに君が全部悪いんじゃないかな。キスもして独占欲丸出しのこと言って、おまけに倒れ込んで」
「ちょっと、少しはフォローを……けほっ、けほっ!ああ、もう最悪ぅ……」
「ごめんって。喉も痛いだろうし、これ以上なにも言わなくていいから」
それから、蓮はベッド際の椅子に座って、莉愛をジッと見つめながら話を切り出した。
「メアドは交換してないから」
「―――え?」
「前に打ち上げの時に、一緒に遊んだ子たちのこと。メアド交換しようって言われてたけど、断ったから。なんならスマホ見せてあげてもいいけど」
「……なん、で?」
「…………………」
そこで蓮は沈黙を保ったまま、やや俯く。どんな返しをすればいいか分からなかった。
メアドを交換しようって言われた時、真っ先に浮かんだのは悲しむ莉愛の顔だった。
そして、その顔を浮かべてしまった時点で―――蓮はごめんねと謝りつつ、そのまま家に帰ってきたのだ。
なんで、メアドを交換してなかったのか。
………理由は明らかだった。でも、その理由を口にしてしまえば、今以上に取り返しがつかなくなりそうで。
だから、蓮は軽く肩をすくめながらおちゃめな口調で言う。
「俺はまだ自由でいたいんだよ~~どっかの元カノさんの束縛が本当ヤバかったからさ!」
「………」
「しかも、その元カノは別れた後も束縛しようとしてくるし。どう考えても頭痛くなりそうだから、さっさと断った方がいいと―――」
「…………蓮」
そこで、莉愛は連の言葉を遮って、切なげな声で言った。
「本当のこと言って」
「……………」
「本当のこと……けほっ、けほっ……本当のこと、言って……」
咳に挟まれながらも、莉愛の言葉は最後まで紡がれる。
蓮はその言葉を聞いて、このままじゃマズいと思って立ち上がろうとした。
しかし、次の瞬間に莉愛の弱弱しい手が蓮の小指を掴んで―――それだけで、蓮はぴたっと動きを止めてしまう。
「……やだ、逃げないで」
「……だから、君の理性はどうなってるんだよ。なんでこんなに地雷を踏むんだよ!?」
「あなたが悪いじゃん……思わせぶりなこと、するから」
「…………」
「私、まだ吹っ切れてない……全然、吹っ切れてないのに。あなたが、勘違いさせるようなことするから……」
夢の影響かもしれない。
結婚して幸せになる未来を何十回も見てきたから、それで頭が痛くて、理性が上手く働かないのかもしれない。
でも、どのみち今の莉愛には本音しか残っていなかった。
取り繕いのない、丸裸の心で蓮に接しているのだ。
「……蓮。私、寒い」
だから、昔の約束の言葉も平然と口に出してしまう。
初めてキスを交わした11歳の時から生まれた、魔法の言葉。結婚した未来にも使われていた言葉。
莉愛が寒いと言ったら、蓮はキスをする。いや、しなきゃいけない。そんな仕組みだった。
それを知っている蓮は、苦々しい顔で莉愛を再び見つめた。
「熱出してるのに、寒いわけないじゃん……」
「本当だよ?本当に、寒いの。熱は出てるけど、悪寒がするから……だから、ね」
「………」
「……温めてよ。昔みたいに」
蓮の小指を掴んでいる莉愛の手が、震えを増していく。蓮は困惑した顔で、その指を見つめた。
莉愛はもう一度咳をした後に、催促するように再び言う。
「蓮」
「……莉愛」
「私、寒い」
蓮は、その場で固まることしかできなかった。
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