31話  昔の習慣

「……遅いな、蓮」



ソファーに寝転んだままスマホをいじりながら、莉愛はつぶやく。


ごめん、今日ちょっと遅くなる―――蓮からそんなメッセージが届いた後。


もう時間も夕方になって日も落ちていると言うのに、蓮は未だに帰って来なかった。



「ああ、キスするんじゃなかったぁ……」



莉愛は恥ずかしさで悶えながら、既に何十回もした後悔をする。


たぶん、蓮は自分といるのが気まずくて帰って来ないのだろう。


莉愛は容易くその事実を察することができて、すべての原因が自分にあると思うと―――モヤモヤして、複雑な気持ちになってしまう。


蓮と付き合っちゃダメとか思っているくせに、キスするなんて……おかしいでしょ、私。


でも、仕方なかったんだもん。


あの時、ステージで歌っている蓮があまりにも格好良く見えたから。


私じゃない他の女の子たちが、目にハートマーク浮かべる勢いで応援してたから……っ。



「けほっ、けほっ!うぅ、寒いぃ……なんか咳も出てるし。カーディガンでも着なきゃ」



莉愛はソファーから立ち上がって、服を取りに2階へ上がろうとした。


そして、ちょうどその時。



「ただいま~~」

「っ!?!?」



予告もなしに帰ってきた蓮と、ぱったりと鉢合わせてしまって。


莉愛は呆けた顔をした後、片手を振って見せた。



「お、おかえり」

「……あのさ、莉愛」

「う、うん。なに?」

「だから、前から何度も言ってるだろ!?もっと警戒してくれよ、マジで……!」



蓮が急に顔を赤らめるから、莉愛は自分が着ている服を見下ろす。


薄手の白い半袖シャツに、ショートパンツ。胸元もそうだけど、足のラインがくっきり出ていて―――



「な、なに見てるのよ、変態!」

「なんでこの状況でこっちが変態になるんだよ!は、早くなにか着てくれよ……!」

「言われなくてもそうするから!うぅ……変態!」



莉愛は光の速度で階段を駆け上がり、自分の部屋に入ってカーディガンを羽織った。


ていうか、意識しすぎでしょ。私ともう1ヶ月以上も住んでるのに、なんでそこまで意識するのかな……。


……私の体なんて、もう全部見てたくせに。



「ああ……調子狂う。あのキスのせいだぁ……」



悩みに悩んだ後、莉愛はショートパンツを長いルームウェアに着替えてからリビングに向かった。


自然と、蓮と視線が合う。


キッチンに立っていた蓮はちらっと莉愛の服装をチェックした後に安堵の息をついて、冷蔵庫を開いた。



「ほら、まだ夕飯食べてないだろ?作ってあげるから」

「……そっちは?外で食べてきたの?」

「いや、夕方前に解散したわ」

「えっ、食べてないんだ。男4人だから食べてくると思ってたのに」

「男にどんな偏見持ってるんだよ……というか」



蓮は、複雑な顔で莉愛を見つめてから。


言うか言わないか散々悩んだ後に、ぽつりとつぶやいた。



「……途中で、他のクラスの女子たちも混ざってたから」

「………………………え?」

「大久保のクラスの子たちでさ。その子たちは急に一緒に遊ぼうって言ってきて、こっち彼女持ち一人いるから抜けて、3対3で……普通にゲーセンとかカラオケとか、行ってた」

「……………………………………」



なんで?


なんで、それを私に言うの?なんで?


莉愛は混乱する。急に蓮の口から他の女の子という情報が出てきて、しかも蓮は沈んだ顔をしていて。



「……なんで、そんなこといちいち報告するの?」



疑問は簡単に質問になって、蓮に突き刺さる。


蓮は莉愛を見つめたまま、言う。



「……ウソつきたくないから」

「え?」

「ほ、ほら。昔の君は色々とうるさかっただろ~?他の女子と遊んじゃダメ!とか、話すのも嫌!とか。だから、昔は一々報告してたし、その習慣がつい出たって言うか」

「あの時の私たちは、恋人だったけど」

「…………」

「今の私たち、お互いフリーだよ?」



蓮が他の女といる場面を想像すると、心臓に穴が空いたような感覚がする。


それを感じながらも、莉愛は強がって見せた。



「別にいいじゃん。他の女の子たちと会ったって。あなた、性格は分からないけど顔だけはいいし」

「なんでそこで性格が付くのかな!?」

「一々、報告しないでよ。だから」

「……莉愛」

「ライブも格好良く成功させて、打ち上げの後に一緒に遊んで点数稼ぎもしたんでしょ?メアドも交換したんじゃない?」

「いや、ちょっと待って。莉愛?」

「いいじゃん、別に。私に気にしないでよ。私、別にそんなこと望んでな―――」

「莉愛!」



そこで、急に大声を上げた蓮にびっくりして。


目を見開いたまま莉愛が固まっていると、蓮は耐えきれないとばかりに莉愛に駆け寄って、親指で莉愛の涙をすくった。


――――涙?


わたし、なんで泣いて―――



「莉愛、俺が悪かった」

「……………え?」

「ごめん、俺が悪かったよ」

「……なに、言ってるのよ。あなたは、なにも悪くないじゃん」



次々とあふれ出てくる莉愛の涙を拭きながら、蓮は唇を嚙みしめる。


なんで莉愛に、他の女の子たちと一緒に遊んだことを告白した?


もちろん、昔の習慣のせいでもあった。莉愛に隠し事をするのが、とにかく後ろめたかったから。


でも、一番の理由は―――無理やりにでも、莉愛と距離を取るためだった。


このままだったらまた、莉愛と付き合ってしまいそうだから。


また恋人になって、別れて、またぎくしゃくして……そんな最悪な展開だけは、どうしても避けたいから。


でも、その過程で莉愛が受けるダメージを考えてなかった。まさか、泣くなんて。



「……うぅ、っ……」

「…………」

「他の女の子たちと、遊ばないで………お願いだから……」



そして、その事件があった翌朝。


莉愛は風邪で倒れてしまい、学校を休むことになった。

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