25話  ……ライブ、頑張って

練習漬けになっていた時間はあっという間に過ぎて、文化祭当日になった。


蓮と莉愛のクラスはエコキャップを使った展示物をしたおかげで、特にやることもない。


だからか、莉愛は普通に由奈と一緒にクラスを回りながら雰囲気を楽しんでいた……けど。



「さっきのお化け屋敷めっちゃよかったよね~~本当びっくりしちゃった!」

「あうぅ……うぅぅ……」

「莉愛、もう終わったから落ち着いて……?もう腕がもげそうだから!!」

「だって、だって!!」



メイクがリアルだったせいか、莉愛はお化け屋敷を体験してからずっと由奈の腕にしがみついていた。


彼女は、昔から恐怖映画などの絶叫系が大の苦手なのだ。



「ほら、もう落ち着いて……!そろそろ日比谷たちのライブ始まるんでしょ!?」

「わ、わたし見に行くとは言ってないでしょ!?」

「うわっ、めんどくさ……!いいから行こうよ。今朝からずっとソワソワしてたたくせに!」

「ソ、ソワソワなんかしてないもん!ただちょっと大丈夫かなと思っただけで、い、いやいやいや!!あいつがライブ失敗しようが成功しようが私にはなんの関係もないし!」

「うわぁ、本当にめんどくさ……!!」



由奈は呆れ切った顔で親友を見つめる。莉愛の発言が強がりだってことを、彼女はちゃんと分かっていた。


メイド喫茶に寄っている時も、他のクラスを回っている時も、彼女はいつだって時間を確認しながら大丈夫かな、とつぶやいていたのだ。


その言葉の真意を分からないほど、由奈と莉愛の絆は浅くない。


なにせ、彼女はこの二人が付き合い始めた頃からずっと、友達だったから。



「ねぇ、聞いた?日比谷君がライブするんだって!」

「えっ、どこどこ!?」



未だに莉愛が腕にすがっていたその時、ちょうど周りの女の子たちが騒ぎ始めた。


たぶん同じ学年である4人組の女の子たちは、素早く講堂に向かい始めた。


その後姿を見て、莉愛は複雑な顔をする。



「やっぱり人気あるんだね、日比谷って」



由奈のつぶやきの後、莉愛はようやく由奈から離れてさらに表情を沈ませた。


2週間の徹底的な練習があったからか、蓮はいつの間に曲をマスターするようになった。


そして、蓮が歌う曲は好きな人に告白する内容。


いくら曲のハイライト部分を他の人に譲るとしても、それを、さっきの女の子たちが聞いてしまったら?


もう、自分だけのものではなくなったら?



「………………………」

「莉愛?」

「……ううん、なんでもない」



そして、親友の悩ましい顔を横から見守っていた由奈は、ゆっくりと莉愛の腕首を掴みながら言う。



「ほら、早く行こう?」

「な、なんで……」

「私が聞いてみたいの!ていうか、もう回るクラスもあまりないんでしょ?うちのクラスは展示物だから今更行く必要ないし!」

「………」



莉愛はしばらく沈黙を保ってから、やっと頷く。



「そ、そっか……なら、仕方ないよね、うん」



蓮が演奏する姿もみたいし、このままだとずっとモヤモヤしてしまいそうだ。


だから、この目で見て確かめなきゃ。莉愛はもう一度強く頷いて、由奈と一緒に講堂に向かった。







「……い、いたよな?姫宮」

「うん、中央でやや左側。5列目あたりにいたよ?」

「うっ……ふぅ……」



ドラム担当の森沢が言うと、藤宮が大きく深呼吸をして動悸を沈ませようとする。


ライブの開始まであと10分だ。


蓮たちの順番はやや遅い方ではあるけど、講堂に生徒たちがもうびっしり詰まっているせいか、みんな緊張している。


特に、このライブが終わった後に告白しようとしている藤宮は心臓が弾けそうなのか、深呼吸を繰り返すばかりだった。



「大丈夫だよ。心配すんなって!あんなに頑張って練習したんだろ?」

「そうだよ、藤宮君。リハーサルも完璧だったから、心配することはないよ」

「落ち着いて行こうぜ、藤宮」

「3人とも……ありがとう」



大久保、森沢、最後に蓮に続く励ましを聞いて、藤宮は少し楽になった顔で頷く。


もうすぐライブが始まるのか。蓮がぼんやりそう思っていると、ふと頭の中で莉愛の存在が浮かんできた。



「ちょっとごめん、トイレ行ってきてもいい?」

「ああ?なんだよ、日比谷。お前も緊張したのか?」

「あはっ、そんなところ。早く行ってくるから!」

「ああ!」



大久保に手を振ってから、蓮は臨時の待機室を抜け出して講堂の中に入った。


昨日の夜、莉愛はライブを見ないと言っていた。


あなたの歌をずっと聞いていたせいであまり興味が湧かない。彼女は複雑な顔で、そう付け加えたのだ。



『でも、君が来ないはずないだろう……』



蓮は知っていた。莉愛のややひねくれた性格を考えたら、聞きに来ないはずがないと。


だって、莉愛は本当に熱心に自分の歌を聞いてくれていたのだ。


専門的なアドバイスこそできないものの、熱心に蓮の歌を聞いていたから。昔のような行動を、見せてくれたから。


その練習のつぼみが開くこんな日に、莉愛が来ないはずはない。


そして、案の定。



「…………………いた」



講堂の入り口に入ってすぐ、やや後ろの席で由奈と一緒に座っている莉愛を見て、蓮は苦笑を浮かべる。


見間違えるはずのない綺麗な百金髪に、異質的な青色の瞳。ただいるだけでも周りの注目を引いてしまう美人。


そんな莉愛は、ふと何かを感じ取ったように急に後ろへ振り向く。


そして、入り口側に立っている蓮と、ぴたっと目が合った。



「……………」

「……………」



蓮と莉愛も驚いて目を見開くものの、特に声はかけなかった。


そもそも、周りがうるさすぎるおかげで叫ばなければ声が届くはずもない。



『…………頑張って』



それでも、唇の動きだけで応援を伝えてくる莉愛に、蓮は。



『うん、ありがとう』



同じく、唇の動きで莉愛に返事をした後、待機室に戻った。

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