21話 莉愛の許可がなければ
「えっ、文化祭ライブ?」
「そうだよ。お前ギター上手いんだろ?ちょうどギターのヤツが抜けて困ってたんだよ。なぁ、一緒にどうだ?」
いつの間にギターの噂が広がったんだ。
蓮はそう思いながら、流し目でちらっと莉愛を見る。
莉愛は連の視線を感じた瞬間にそっぽを向いて、知らんぷりに徹した。
しかし、心は言うことを聞いてくれなくて。
『なんでこっち見るの?なんで私の許可取ろうとしてるの……バカ』
自分を第一に思ってくれる蓮が恨めしくて、嬉しくて、どうにかなってしまいそうになる。
蓮は莉愛の反応を確かめた後、両手を振りながら言う。
「いや、ごめん。俺、ギターはもうやめたからさ」
「ええ~~いや、文化祭まであと少しだろ?あと2~3週くらいだけでいいから、お願い!」
「…………そっか。じゃ、悪いけどちょっと考える時間をくれないかな」
蓮は困った顔をしながら答える。
返事をされた他のクラスの男の子―――蓮と莉愛と同じ中学出身である
「分かった。でも、できるだけ早く返事くれると助かる!」
「ああ、それは約束するから」
莉愛はそのやりとりをジッと眺めながら、悩まし気に眉根をひそめるのだった。
そして、放課後。
「出たら?文化祭」
「えっ?」
帰宅してソファーでのんびりしていた蓮に、莉愛は淡々とした口調で言う。
「……聞いてたの?」
「そりゃ、大久保君があんな大きな声で言うんだから、嫌でも聞こえるでしょ」
「大久保か~~声がでかいだけで普通にいいやつだよな」
「それで、出ないの?」
普段の警戒心の薄い部屋着姿で、莉愛は問う。
蓮は真剣な莉愛の顔を見ながら、わざとらしい笑みを浮かべた。
「ええ~~なんですか、莉愛さん。元カレが活躍する姿でも見たいんですか~?」
「そ、そんなこと言ってないでしょ!!」
「本当かな~?君、昔から俺がギター弾いているところ見るのめっちゃ好きだったんだろ?週末になると大体一緒にどっかに遊びに行くか、部屋に閉じ込められてずっとギター弾かれるかのどっちかで―――」
「人のことヤンデレみたいに言わないでくれる!?私そういうタイプじゃないんだけど!?」
「いやいや、ウソだろ。君がヤンデレじゃなかったら世の中の誰がヤンデレなんだ!!」
「なに言ってるのよ、普通でしょ?彼氏が他の女の子たちと話してるなら3時間くらい説教するのが当たり前じゃん」
「それが嫌で別れたんだよ、このヤンデレ女!!」
蓮は久々に恐怖を感じながら莉愛を見上げる。
そう、莉愛はとにかくめちゃくちゃ重い女のだ。
付き合っていた頃、莉愛は蓮が他の女の子たちと話すことを絶対に許さなかったし、とにかく自分自身だけ見ることを強要していた。
付き合い出した頃は可愛く映っていたものの、時間がたてばその束縛も段々と息苦しくなって―――結局、別れたのだ。
「……元カノ相手に酷いいいようね、本当に」
「そんな悔しい顔しないでもらえませんか?自分には何も非もないって思ってない!?」
「はは~~ん。よくわかったね!そうよ、私の愛をぜ~~~んぶ受け入れられなかった蓮が悪いに決まってるじゃない~~」
「あんなもん受け入れたら潰されるよ!はあ……」
言葉ではそう言いつつも、莉愛も自分の落ち度についてはちゃんと分かっていた。
別れて一人になってみて、段々と自分の行動を見返すようになったのだ。今の莉愛はうっすらと理解している。
あの時、自分はただ理想を蓮にぶつけていただけだったと。
悪いのは自分で、蓮は何も悪くないと。
「それで、本当に出ないつもり?文化祭ライブ」
「……出てどうするんだよ。彼女募集とか?」
「いいじゃん。彼女募集」
「えっ」
その言葉を聞いた途端に、蓮は目を見開いて莉愛を見つめる。
もちろん、蓮に自分じゃない彼女ができると考えたら、胸がズタズタに裂かれそうになる。
苦しくて、息継ぎができなくなる。しかし、受け入れなければならないのだ。
自分は連を幸せにすることができないから。
失敗したから……蓮を束縛することしかできない、そんな女だから。
「新しい恋見つけなよ……えっ、なにその顔。ぷふっ、まさかまだ私に気があるの~~?」
「バカっ、そういうわけじゃ………!」
「……出なよ、ライブ。実は出たいんでしょ?」
「な、なんでそう思うんだよ」
「私が知っている日比谷蓮は、興味がないことにはバッサリ断るタイプだから」
その通りだった。蓮が返事を先延ばしにした事実だけでも、莉愛は容易く蓮の気持ちを察することができた。
蓮は絶対にライブに出てみたいと思っている。でも、どっかの誰かに遠慮する気持ちが大きすぎて、すぐに頷けないだけで。
……そして、その遠慮する相手というのは。
「……本当に、出てもいいのかよ」
「…………」
間違いなく、自分。
自惚れかもしれないけど、それしか思いつかなかった。
だって、この男は別れた後も、自分を第一に思ってくれたバカな男だから。
自分の許可が下りなかったら、きっと断るだろう。でも、莉愛はそれを望んでいなかった。
自分が、蓮の選択肢を狭めるような存在になるのは嫌だし。
なにより、蓮のギターを弾く姿も見たいし、夢の中でもやりとりも―――少なからず、気になるのだ。
文化祭をきっかけで、自分たちの関係に変化があったらしいから。その変化の先に―――結婚が、あったから。
「……うん、出てよ、ライブ」
「……そうだな。うちのクラスはあんま準備するものもないし、暇だしいいっか」
「…………………」
「……なんでそんなに見てるんだ?」
「ううん、なんでも」
ああ……でも。
でも、やっぱり嫌だ。蓮が大勢の人の前でギターを弾くなんて、やっぱり嫌だと莉愛は思う。
この男はとにかく、スペックが高すぎるのだ。顔もイケメン並みで、性格も優しくて、気遣いができて。
そんな、自分だけが知っている姿がみんなの前で晒されると思うと―――苦しくなって、喉が詰まってしまう。
「莉愛」
「うん?」
「……いや。なんでもない」
心配しなくていいから。
蓮はそう言いたかった。だって、ライブに出ると言っていたその瞬間。
ほんのわずか、莉愛の顔が歪むのを己の目で確かめたからだ。
…………本当に、賢いようで鈍感な元カノだなと、蓮は思う。
『君以外の女の子となんて、今更付き合えるはずないだろ……』
人生の大半を莉愛と一緒にいたから。
別れてもなお、蓮は莉愛から離れないのだ。
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