20話  莉愛以外には想像できない

『ねぇ、蓮』

『うん?』



莉愛の夢の中。


未来の莉愛は幸せそうに蓮の肩に頭を乗せて、自分の夫の手をぎゅっと握りしめていた。



『あの時、文化祭にあなたが出なかったら……どうなってたかな?』

『ええ~~?いや、恥ずかしいこと言わないでよ』

『でも、それでちょっと……いや、かなり近くなったよね?私たち』

『どこの誰かさんがまだ引きずっていたからね~~』

『自分は引きずってなかったって言い方しないでくれる!?』



蓮は愉快に笑いながらも、自分の妻の頬に手を添える。


結婚してそれなり経つというのに、莉愛は段々と綺麗になっていくばかりだった。


10代には綺麗さより可愛さが圧倒的な印象だったけど、今は立派な大人の女性になっている。醸し出される雰囲気が違っている。


でも、蓮は知らなかった。


莉愛がどれだけ自分の見た目を気にしているか、体型を維持するためにどんな努力を積んでいるのか、全部は知らないのだ。


そして、それらの努力はすべて夫―――蓮のための努力だった。



『蓮、わたし寒い』

『夏場なのに?』

『へぇ~~そんなこと言うんだ。コンドームに穴でも開けようかな?』

『ど、ど、どこにキスすればいいんでしょうか!?何なりとお申し付けください!!』

『ちょっと待って、なにその反応!?私と子供作りたくないわけ!?』

『きやああああっ!?!?』



割と本気でむかついた自分の姿を最後に、莉愛はゆっくりと夢から覚めた。








「………………………………………最悪」



そして、夢から覚めた後。


莉愛は両手で顔を覆いながら、バタバタと何度も布団を蹴り上げた。



「なに、なにぃ……!?なんなの!?なんでそんなメスの顔してるのよ、私……!?おかしいでしょ?それにこ、コンドームに穴なんて……!」



ありえない、ありえない!!未来の自分がそんなはしたなくなるなんて、ありえない……!


大体、スケベなのはいつもあいつだったし!私は……!気持ち、よかったけど。


またしたいとも思っ――――てない!!思ってない!!


ああ、朝っぱらから何を考えてるの、私。こんなのただの痴女じゃん……!



「うぅ……起きよう」



しぶしぶ布団から出て、莉愛は鏡の中で顔を染めている自分を見た後、眉根をひそめた。


だいぶ髪も乱れているし、すっぴんだし……早く顔洗わないと。



「ああ、もう……夢見るのもうやだ……調子狂うじゃん……」



泣きたい気持ちをこらえながら、莉愛は一階に降りて洗面所に立つ。


そして、顔を洗って基本的なアフターケアをした後に―――



「あ、おはよう」

「………」



グレーのエプロンを着て料理をしている蓮を見て。


莉愛は、またもや複雑な気持ちになってしまった。


蓮は平然とした顔で挨拶をしてくるけど、料理はほとんど出来上がっている。


すなわち、蓮は自分より30分。


いや、それよりも前に起きていたってことになるだろう。丁寧に料理するタイプだし。



「……蓮」

「うん?」

「それ、毎日作ってくれなくてもいいから」

「えっ?ああ、朝ごはんのこと?俺は別に大丈夫だから、気にしなくてもいいぞ?」

「………」



気にしないわけがないじゃん。


なんで?なんで作ってくれるの?早起きが苦手なの、私よく知ってるよ?わたし、あなたの幼馴染だもん。


なのに、なんで……?なんでそこまでして、私に色々やってくれるの?



「サバの塩焼き……」

「うん。ちょうど冷蔵庫の中にあったから」

「へぇ、いいじゃない。あとでいい旦那様になりそうですね~~日比谷さんは」

「ははは、またご冗談を~~」



そんな風に軽く返しながらも、蓮は莉愛に背を向けて苦笑を浮かべていた。


旦那様、という単語が引っかかって引っかかって仕方がない。自分が誰かの旦那になるのが想像できないからだった。


莉愛以外には、想像できない。


昔からずっと、それだけを夢見ていたのだ。


いつかは莉愛と結婚して、長年の想いが報われて、そのまま幸せに―――そういう未来を描いていたけど。



『もう、チャンスないもんな……莉愛なら俺より素敵な男、いっぱい会えるだろうし』



でも、蓮は頑なにそう思っているだけで。


莉愛は複雑な気持ちになりながらも、蓮の後姿をジッと見据える。


そういえば、もうすぐ文化祭シーズンだ。そろそろクラスでも出し物をなににするか決めようとしていたし。



『そういえば、夢にも文化祭ってワードが出てたよね……?なんなんだろ、あれは』



確か、蓮が文化祭に出たって言ってたけど、一体なにに出るのかな……?体育際じゃあるまいし。


そして、その疑問は。



「蓮、俺たちと一緒に文化祭でライブしようぜ!!」



他のクラスの男の言葉によって、綺麗に解決された。

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