17話  私だけが見ていい姿なのに

二人がまだ付き合っていた中学の1年生の頃。


その時の蓮は、よくギターを弾いていた。



『へぇ、格好いいじゃん~~うふふっ』

『えっ、本当に?』

『そうだよ!けっこう様になってるんじゃない!?』



家でよくギターを弾いていた蓮の父の影響もあるし、蓮が元々音楽が好きだからなのかもしれない。


でも、蓮がギターを弾く一番の理由は、間違いなく莉愛だった。


彼女に格好いいところを見せたいから。彼女に褒められて、もっと惚れさせたいから。


そして、肝心な莉愛も蓮がギターを弾くたびに、いつも幸せそうに笑っていた。


背伸びして海外のラブソングを弾こうとする蓮を、暖かく見守っていて。


だから、ギターは二人にとってとても思い入れのある楽器だった。そして……



「じゃじゃん~~新しいギター買ったぞ!」

「………」



クラスメイトの杉田すぎたがギターを買ったのを自慢しているのを見て。


蓮は、少し苦い過去を思い出しながら、杉田に声をかけた。



「へぇ、ギター弾けるのか?」

「いや、全然?でも、これからめっちゃ練習する気はある!」

「なんで?」

「そりゃモテたいからに決まってるじゃんか~!バンドとか始めたら男から見ても格好いいしな」



杉田はウキウキした顔で、自分が買ってきたギターを自慢げに見せてくる。


なんだこいつ、中学の時の俺と思考回路が同じじゃんかと、蓮は苦笑をにじませた。



「……ギターか」

「うん?莉愛?どうしたの?」



そして、クラスのやや隅っこでギターを眺めながら、莉愛は少し沈んだ顔をする。


そのことも知らず、クラスの男子どもはギターで盛り上がり始めた。



「おお、でもこれ弾けるヤツいるのか?」

「俺ちょっとは弾けるぞ?前にちょっとやったことあるし」

「山本、お前は?」

「えっ、俺?いや~~俺は全然だな。そもそも楽器とかあんま興味ないし」



蓮の親友―――山本陽太は片手を振ってから、隣にいる蓮にすぐ質問を投げた。



「蓮、お前は?」

「うん?俺?」

「ああ、そういえば前にギター弾いたって言ってただろ?どうよ、一曲弾いてみろよ」

「なんだ、日比谷ギターまで弾けるのか!?」

「本当うぜぇな、こいつ……!」

「は!?なんでそんな反応なんだよ!?」

「お前のスペックを考えてみろよ!このクソイケメンが!」



そんな風にバカみたいに騒ぎながらも、蓮はちらちらとギターに視線を向けていて。



「………じゃ、一曲だけやってみようか。チューナーはあるよな?」

「おおお~~こいつやる気だぞ!!」



結局、杉田からギターを受け取って、机に座ってギターを構えるのだった。


いかにも初心者っぽくは見えないその姿に、クラスメイト達の視線が集まる。なんか大ごとになったなと、蓮はぷふっと笑った。


もちろん、その中には複雑な顔をしている莉愛もいて。


その視線をあえて無視しながら―――蓮は、ギターのチューニングをしながら昔の思い出に浸り始めた。


莉愛と別れた後から、ギターなんて触ったこともない。正直、上手くいくとは思えないけど。


久しぶりに弾いてみたい気持ちもちゃんとあって、蓮はチューニングを終えた後に呼吸を整えて、弦に手を滑らせる。



「…………………」



莉愛が遠くから眺めている中、蓮は演奏を始めた。


昔、莉愛に聞かせたくて死ぬほど練習していた、海外のラブソング。


アコギから奏でられる綺麗な音を聞いて、クラスメイト達の目が一気に丸くなった。



『……あのね、蓮』

『うん?』

『絶対に、他の人たちの前でギターは弾かないでよね?絶対だよ?』

『え?なんで?』

『だって………格好良すぎるから』



蓮がギターを弾く姿を眺めながら、莉愛は昔の会話を思い出す。


本当にイラつく。むかつく。あの男は自分を卑下しているところがあるけど、本当にスペックが高すぎる。


でも、元カレがギターを弾いている姿を見ると、どうしても心臓が勝手に暴れちゃって。


また、昔に抱いていた異常な独占欲がむくむくと湧き上がり始める。莉愛は今、本気でこう思っていた。


私だけに見せればいいのに。


私だけが、見ていい姿なのに。



『……ああ、私。本当に救いようがないな』



別れた後もなお、自分は未だに蓮を束縛しようとしている。


そんな自分が嫌になって―――でも、やっぱり誰にも見て欲しくない気持ちがくっきりしていて、さらに嫌になる。



『私だけでいいじゃん……バカ』



そんな莉愛の複雑な気も知らずに。


蓮が演奏を終えた後、クラスの雰囲気は一気に沸騰した。



「おわあああ!?!?なんだ、なんだ今の!?」

「お前こんなに弾けたのかよ!!なんで軽音部入らないんだ?」

「バンド、バンドやろうぜ日比谷!これ絶対に上手くいく……!」



そして、騒いでいるのは男だけじゃなく。



「やっぱ日比谷、いいよね」

「七瀬さん、うらやましい……」

「えっ?なんで七瀬さんなの?」

「バカ!あんた知らないの?あの二人、どう見てもそういう雰囲気―――」



そんな風にクラスの子たちがはしゃぐ中、莉愛は複雑な顔でじっと蓮を見つめる。


隣で莉愛を見ている由奈は、ニヤニヤしながらしれっと言葉を投げた。



「よかったね、莉愛?」

「な、なにが?」

「ううん~~?日比谷がモテモテだから?」

「……別に、私には関係ないことだし」

「ああ~~そうなんだ。関係がないんだ~~へぇ」



由奈はとぼけるように言いながらも、さっきの莉愛の顔を思い出す。


本当にウソがへたくそなんだから。あれ、どう見ても関係ない顔じゃないじゃん。


嫉妬でもしているのか、ちょっと怒っているように見えて。


でも、穴が空くくらい日比谷のことずっと見つめて、完全に日比谷にのめり込んでいたくせに。



「………」



その後も、莉愛はずっとモヤモヤしながら愉快に笑っている蓮を見つめていた。

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