18話  生まれてからずっと、一緒にいたから

「あ、ただいま」

「おかえり~」



先に家に到着した莉愛は、いつものように警戒心の欠片もない服装をしていた。


薄い半袖シャツにショートパンツ。やたらと長い脚と白い肌を強調するようなスタイル。


この家に住んでから何回も言ってたけど、結局蓮の主張は受け入れられなかったのだ。



「……夕飯はどうする?何か買ってこようか?」

「あなたが作るの以外なら、別になんでもいいよ」

「へぇ、件の夢か」

「……」



莉愛は少し気まずそうな顔で頬を染める。夢に何回も出たシチュエーションなのだ。


蓮がエプロン姿で料理をしていて、莉愛と娘たちはキッチンで楽しそうにそれを待っていて。


莉愛は勘違いしたくないから、これ以上こんがらがるのが嫌だから、蓮には料理をしないで欲しいとお願いしたのである。



「分かった。じゃ、俺はちょっと着替えてくるわ」

「あ、その前に」

「?」

「話があるから、今からあなたの部屋行ってもいい?」

「……うん?」

「行ってもいいよね?分かった」

「ちょっと待って、俺着替えるって言ってなかったっけ!?」

「着替えればいいじゃん。私が見る前で」

「どういう神経してるんだよ、本当に!!」



驚愕した蓮がそう叫ぶと、莉愛はまたもや恥ずかしそうに言う。



「……全部、見たじゃん。あなたも、私も」

「っ……!そ、それはそうだけど!!」

「なに?私たち友達でしょ?友達だから別に普通じゃん」

「とりあえず君の頭が普通じゃないのは分かった!ああ、もう……好きにしろや」

「ふふふっ」



昔の二人は、相手が着替えていようがいまいが押しかけるのが日常だった。


もちろん、性の概念を意識するようになってからその回数は減ったけど、付き合っていた頃には本当に、ノックもせずに相手の部屋に行ったのだ。


幼馴染の残滓ざんしなのか。それとも付き合っていた頃の感情がくすぶってるのか。


分からないけど、昔のような状況に蓮は少し嬉しさを感じながらも、自分の部屋に入る。


そして、莉愛は当たり前のように蓮の部屋に入って、ベッドに座った。



「……………」

「……なに?早く着替えたらいいじゃない」

「……ふぅ」



仕方なく、蓮は制服のシャツを脱いで次々と着替えていく。


細長い体型にも関わらず、よく鍛えられた筋肉が莉愛の目に入って、心臓がドクンと鳴り出す。


……あの体に、初めてを奪われた。


もちろん、あの時の蓮の体は今よりずっと小さかったけど、莉愛にとっては限りなく大きいもののように感じられたのだ。


そして、それは別れた今でも変わらなくて―――あの頃よりさらに鍛えられた体を見て、莉愛は眉根をひそめる。



「……運動でも、してるの?」

「腕立てと懸垂くらいはね。ほら、隣の部屋に懸垂マシーンあるから」

「……なんで?」

「うん?」

「なんで鍛えてるの……?もしかして、誰かに見せるために?」



莉愛の質問を聞いて、蓮は目を見開く。


だって、これはあまりにも昔の莉愛のような口調だったのだ。


莉愛は、とにかく蓮に執着していた。蓮と一緒にいることが最優先で、蓮の格好いいところが誰かに見られるのも嫌がっていた。


……その癖はまだ治らなかったのかと、蓮は苦笑する。だけど、莉愛の推理はあながち間違いでもなかった。


……蓮も、分かっていたから。体を鍛えるのはいいことだけど、でも。


無意識のうちにはまだ、莉愛にこの体を見たらどう思うんだろうという疑問がちゃんとあったのだ。



「それはノーコメントで。あ、ちなみに文句があっても受け付けないからな?」

「……ふん」

「全く……ほら、着替えたよ。で、話って?」



昔より気まずかった着替えを終えて、蓮は莉愛が座っているベッドに近づく。莉愛は、唇を尖らせながらも蓮を見つめた。


話、話。したい話ならたくさんあった。


結婚する夢の内容に対しても打ち明けたいし、他にも色々と……好きな人はいないかとか、聞いてみたい。


でも、莉愛が今一番したかった話は、他でもないギターの話だった。



「…………………」

「莉愛?どうした?」

「……あ、あの」

「うん?」



他の人たちの前で、ギター弾かないで欲しい。


その簡単な言葉を言い出せなくて、くよくよしてしまう。莉愛は蓮がギターを弾いていた時、ちゃんと目に収めたのだ。


蓮を見つめていた女の子たちの中では、本気で蓮が好きな女の子たちもいたことを。



「………っ」

「………莉愛?」



だから、ギターは弾かないで。いや、格好いいところを見せるのもダメ。


運動ももっとへたくそになって。他の女の子たちと喋るのは嫌。


いや、いや、いや。その嫌が積み重なって、それをどんどん押し付けたから―――蓮と別れてしまったというのに。


なのに、莉愛は未だに蓮を自分だけのものにしたかった。


自分にはもはやその資格彼女すらないというのに、それでも。


――それでも、未来に結婚するかもしれないんだもん。


……そんな旦那様の姿が他の女の子たちに晒されるのは、やっぱり………嫌だもん。



「……莉愛」

「な、なに?」

「……………ぷはっ」



そして、莉愛の表情をずっと見つめていた蓮は。



「分かった、もうギターは弾かないから」



まるで、莉愛の心をすべて読み取ったようなことを言って。


莉愛は、目を見開いて驚愕するしかなくなった。



「あ………え?」

「ギター弾くのが嫌なんだろ?分かったよ。これからは弾かない。どうせもう弾く機会もないだろうし」

「ど、どうして分かったの……?私、まだなにも言ってな―――」

「生まれてからずっと、一緒にいたから」



莉愛の言葉を遮るように、蓮は照れくさそうに言う。



「だから、なんとなくわかるんだよ。何が言いたいのか、何をして欲しいのか。そういうの、全部」

「ぁ………っ」

「………っ。こ、これで話は終わりだろ!?じゃ、外に出て冷凍でも買ってこようか!俺はカルボナーラが食べたいな~~」

「……………………………」



ずるい。


ずるい、ずるいよ。ずるじゃん、これ。


どうしてくれるの。なんで、なんで?なんでまた私を期待させちゃうの?


私、嫌な女なのに?あなたを傷つけた重い女なのに?


あなたは、私じゃなくてもっともっと素敵で、優しくて、思いやりのある人と付き合って、幸せにならなきゃいけないのに。



「……ほら、早く行くぞ?莉愛」

「……うん、わかった」



でも、あなたにこんなに優しくしてくれたら―――信じたくなるじゃない。


毎晩のように見ている夢の内容が。私たちが結婚して、子供を産む未来が。


本当のことなのかもしれないと、信じたくなっちゃうじゃん。


この…………人たらし……。

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