12話  他の女子とカラオケに行かなかった理由

七瀬莉愛は美人だ。


彼女を見てそれを認めない人間はいないだろう。実際、莉愛は小さい頃から飽きるほどその言葉を聞いてきた。


無理もない。アメリカ人である父親の血筋を受け継いだせいで、彼女の髪は生まれつきの綺麗な白金髪なのだ。


透き通っている青い瞳も、ツヤがあって真っ白な肌も、やや小さめの唇も。


魅力、という二文字が凝縮されているようなその見た目のせいで、莉愛は昔からよくモデルの誘いも受けてきた。


でも、彼女は結局モデルにはならなかった。


何故なら、彼女の心の中にはずっと……蓮の存在がいて。


別れた今も彼を目で追ってしまうほど、未だに未練を持っているからである。



「なぁ、蓮。カラオケ行かないか?」

「うん?カラオケ?」

「ああ、女子たちと一緒によ。どうだ?」

「女子って、もしかして森さんたち?」

「ああ、どうだ?」



そして、その過去の想い人―――蓮は、親友の山本陽太やまもとようたに掴まって、カラオケに誘われていた。



「何人で行くんだ?場所は?」

「駅前にあるいつものところ。お前まで来たらちょうど6人だぞ?」

「3対3?」

「さっすが、察しがいいな~~どうだ、一緒に行かないか?」

「あ~~えっ、と……」



そこで、蓮はちらっと莉愛に流し目を送る。


莉愛はあえて見ないふりをして顔をそっぽ向けていたけど、彼女はありありと蓮の視線を感じていた。


蓮はその反応を確かめてから、苦笑を浮かべて言う。



「ごめん、今日は遠慮しておくよ。俺、色々とやらなきゃいけないことあるから」

「ええ~~なんだよ、やらなきゃいけないことって?」

「あ、それは秘密にしておく。てなわけで、ごめんな?」

「やっぱり、七瀬か………」

「うん?」

「いやいや~~~そうだな、カラオケに行けないのは残念だが、いいシーンを見てしまったな~~」

「なに言ってんだよ……とにかく、俺は帰るから」

「おう!また明日!」

「ああ、じゃな」



案外あっさりと引き下がった陽太に手を振って、蓮は教室を出ていく。彼は知らなかった。


蓮が莉愛の反応を流し目で確かめた、その瞬間。


陽太もまた、蓮が困った顔をするのを目にしていたことを。







「ただいま」

「ああ、おかえり。今日の晩ご飯はメンチカツだから、文句は許さないぞ?」

「……あのさ」

「うん?」

「なんで行かなかったの?カラオケ」



放課後、ソファーでのんびり横たわっている蓮に向けて、莉愛は聞いた。



「ゲッ、聞いてたのか……」

「わざと聞いたわけじゃないからね!?山本の声が大きすぎただけだから!」

「いや、そんな必死に否定しなくてもいいだろ?まあ、カラオケに行かなかったのは―――」



そこで、蓮は少し気まずい顔をして体を起こした。


少しばかり沈黙が流れて、莉愛は答えを出さない蓮をジッと睨む。


認めたくはないけど、日比谷蓮はいわゆる隠れイケメンだ。


もちろん、どこにいても目立つ爽やかなイケメン像ではないけど、地味に顔がよくて女子たちが好むような印象をしているのだ。


だから、蓮はとにかくモテる。昔から告白もけっこうされてたし、バレンタインには数え切れないくらいチョコをもらったこともあった。


だから、分かる。森さんは絶対に、蓮を狙ってカラオケに誘っていた。


なのに、この男はそれに乗っからなかった。


莉愛は拳をぐっと握りながら蓮の言葉を待つ。蓮は、莉愛を一度見上げた後に、ついに口を開いて――――



「うん?今日総力戦だから」

「…………………うん?」



そんな、拍子抜けする内容を返した。



「ああ、知らないの?今日からソシャゲのハードコンテンツが始まるんだよ。それやんなきゃいけないし、だから行かなかったけど?」

「な……なっ!?」

「へぇ~~なんでそんなに意識するんですか~?俺がカラオケに行こうが行かないが、なんの関係もないんじゃないですか~~?」

「へ、へぇ~~私がちっとも気にしているように見える?だったらあなたの目は節穴ね!」

「ええ~~なんで怒ってるのかな?なんで声が高くなるのかな~?俺には理由が分からないな~~」

「はいっ、今から日比谷蓮さんのパソコンを壊そうと思いま~す」

「ちょっ!?待ってよ、マジで待って!!」



莉愛は光の速度で階段を駆け上がる。


蓮は慌てて必死に莉愛に追いついて、部屋のドアの前に突っ立った。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!俺が悪かったです!俺が悪かったんですから!」

「まあ、分かっのたならよし。パソコンとおさらばしたくなかったら……分かるよね?」

「はいっ!!分かります、分かりますよ~?えへへっ」



蓮はひきつった笑みを浮かべながらも、莉愛を見つめながら思う。


言えるはずないだろ、お前が気になって行かなかったとは。


別れたんだから、もう相手に気を遣う義理はない。


知っている。そう、知ってはいるけど―――



「……私、着替えてくる」

「……ああ、いってらっしゃい」



どうしても、蓮は莉愛の反応を第一に考えてしまって。


別れて1年も経ったのにまだこの癖は抜けないなと、蓮は内心ため息をこぼす。


……いや、癖が抜けないのが当たり前かもしれない。


蓮は記憶がある頃からずっと、莉愛を一番に思ってきたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る