11話  イチャイチャを眺められる特等席

夏休みが終わってからの初登校の日。



「……要らないって言ったじゃん」

「いやいや、さすがに弁当は必要だろ?ほら」



朝ごはんを作る代わりに、蓮はお弁当を用意して莉愛に渡していた。


莉愛はお弁当の包みをジッと見つめる。ほとんど昨日の晩ご飯の余り物だとは知っているものの、これはずるい。


……本当に、私の言ったことちゃんと理解しているわけ?


そんな風に問いかけたい気持ちを抑えながら、莉愛は弁当を鞄に入れた。



「ありがとう。それで?私が先に行った方がいいよね?」

「ああ、先に行ってくれたら助かる。噂されるとお互い厄介だからさ」

「……分かった」



莉愛は先に家を出るた付き合っているわけでもないから、一緒に登校するわけにはいかない。


普通の異性の友達は、一緒に登校したりしいから。昔とは……違うから。


莉愛が少しだけ唇を尖らせながら待ち合わせ場所に向かうと、そこには既に彼女の親友――白水由奈が立っていた。



「あっ、莉愛~~おはよう!」

「おはよう~!へぇ、由奈にしては珍しいじゃん。遅刻もしてないし」

「私を一体なんだと思っているのかな?それより、日比谷と一緒じゃないんだ?」

「な、なんであいつの名前が出てくるのよ!!」

「いやいや、分かるでしょ?だって……ふふふっ♪」

「意味ありげに笑わないでくれる!?」



既に二人が一緒に住んでいる事実を知っている由奈は、ただただ微笑ましく笑うだけだった。



「ねぇ、今日はどんな夢みた?もしかして、ちょっとエッチなやつもみたりして~!?」

「な、なにを期待してるの!スケベじゃあるまいし……!」

「えっ、スケベじゃなかったの」

「ねぇ、私のことなんだと思ってるの……?由奈?なんだと思っているわけ?」

「ええ~~だって、日比谷と付き合っていたころは街中でもしょっちゅうキス―――分かった!!分かったからそんな怖い顔しないで!ほらほら、早く行こう~?このままじゃ遅刻しちゃうよ~?」



昔の話が出たとたんに表情を死なせた莉愛をなんとかなだめながら、由奈と莉愛は学校に向かう。



『まあ、でも少しはよくなったかな?別れた当初は本当酷かったし』



蓮と莉愛を一番近くで見てきた由奈は、苦笑しながらそう思う。


だって、本当にひどかったのだ。二人が別れてから莉愛は、おおよそ半年くらいには虚ろな目をして、すっごく病んでいたから。



『そんなに好きだから、あんな夢も見ちゃうのかな……?』



元カレと結婚する夢を見るだなんて、いくらなんでもできすぎでしょ。


そう思ったものの、莉愛が割と本気で夢のことを語っていたから無視することもできなかった。


だって、由奈が知っている莉愛は嘘が下手だし、なにより―――由奈が時々見せてくれる嬉しそうな顔を見たら、事実としか思えない。



「おはよう~七瀬さん、白水さん!」

「おっはよう~!ああ~~学校だるい、家に帰りたい……」

「ぷはっ、まだ学校始まってばっかじゃん。それより七瀬さん、日比谷君は?」

「うん?」

「うん?一緒に来たんじゃないの?私はてっきり3人で一緒に来たと思って―――」

「だから、なんであいつの名前が出てくるのよ!!私たち、別になんの仲もないって言ってるでしょ!?」

「えええ~~」



クラスメイトの霜月しもつきさんがくすっと笑う。そうそう、そうなるよね!


だってこいつら―――お互いが気づいてないだけで、未だに両想いなんだから!


高校生になってクラスの面々も変わったというのに、新しいクラスのみんなも全員、薄々気づいているのだ。


莉愛と日比谷の関係が尋常じゃないって。二人は明らかに、お互いを意識しているんだって!


だから、莉愛の言葉を信じられるのだ。これほど未練ダラダラなら、そりゃ結婚するでしょって。



「うんうん、今日も莉愛は安定してるね~!今学期もゆっくり、一列で鑑賞することにしますか」

「ねぇ、どういうこと?一列で鑑賞ってどういうこと~~?」

「ええ、そりゃもう決まっ―――あ、おはよう!日比谷」

「ゲッ、白水……!?」

「ゲッてなによ、ゲッて。ひどいな」

「ははん、お前が悪質にならなければ万事解決なんだが?」

「ああ~~残念。私はこの特等席をあきらめる気はないんで」

「特等席……?なんの特等席?」



決まっているでしょ。あんたたちのイチャイチャを間近で見られる特等席だよ!!


本当にこの二人だけ鈍感なんだから……!まあ、そこが初々しくていいけど、へへっ。


由奈は相変わらず茶目っ気たっぷりな笑顔を浮かべながら、莉愛に振り向いた。



「……」

「……おはよう」

「……お、おはよう」



そして、ひどく気まずそうに挨拶を交わす二人を見て。


由奈はさらに、口角を上げるしかった。

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