8話  ずっと抱きしめて

莉愛は昔からずっと雨が苦手だった。


長い白金髪がぼさぼさになるのも嫌いだったし、とにかく湿ってる空気があんまり好きじゃないのだ。


でも、雨が嫌いなもっともな理由を述べるとしたら。



「うあっ!?ううぅ……また雷ぃ……」



雷の音が苦手だから、というのが一番の理由であった。


高校生にもなって雷にびくびくしなきゃいけないなんて、どうにかしている……!そう思いつつも、体の反応は正直で。


そして、この瞬間にまた……莉愛は昔のことを、思い出すのだった。



『ああ~~もう、仕方ないんだから。ほら、抱っこしてあげるからこっち来い』



幼い頃、一緒に寝る時に自分を抱きしめてくれた、蓮の面影。


その思い出がずっと入り浸っていて、離れてはくれない。


ああ……最近やたら蓮を意識しているな、私。結婚する夢を見てるからかな……。


莉愛がそうして布団にくるまっていると、こんこんとノックの音が聞こえてくる。



「えっ……?だ、誰?」

『あなたに振られた可哀そうな男の子ですぅ~~』

「……」



本当に、なんでこんなタイミングに入ってこようとするのかな……!?


顔をしかめながらも、莉愛は起き上がってさっそくドアを開ける。


蓮はしれっとした顔で莉愛を見た後、急にぷふっと笑い出した。



「ぷはっ、顔ひどっ」

「……なんで来たの。そもそも、先に振ったのは私じゃなくてあなたでしょ?」

「いや、別れようって言葉を先に出したのはそっちだろ?俺は悪くない!」

「あんたが悪いに決まってるじゃん!それで、本当になにしに来たの?」

「隣からずっと悲鳴が聞こえるのに、呑気で寝られるわけないだろ?」

「え?悲鳴なんて誰も……きゃあっ!?」

「うわっ」



また雷が鳴って、莉愛は反射的に目の前の蓮に抱きつく。


最後に触れた中学2年の冬休みより、ずっと女性っぽくなっている体。


そんな体に急に抱き着かれて、蓮の心臓がドクンと鳴り出した。


そして、雷が止んでから―――莉愛はようやく、自分が何をしているのかに気づく。



「あ……ち、ちがっ」

「…………」

「…………」



そのまま、二人はお互いを見つめ合う。


莉愛はハッと息を呑みながらも、離れなきゃいけないと思いながらも、体を離さなかった。


……いや、離さなかったじゃない。離そうとはしていたのだ。体が言うことを聞かないだけで。


だけど、蓮は。



「……………っ!」

「……………ぁ」



これ以上はまずいと思い、さすがに莉愛の両肩を掴んで体を離した。


そっぽを向いている蓮の耳たぶは少し赤くなっていて、莉愛の顔もそれに負けないくらい染まっていた。


青い瞳が揺れて、真っ白な肌が真っ赤になって。でも、嫌じゃなくて。


その嫌じゃない、と感じている自分自身がもっと嫌になって、莉愛は言う。



「……本当に何しに来たの。夜這い?」

「夜這いする気だったらとっくにしてるわ!じゃなくて……ああ、もう」

「……なに?今更元カノ相手にドキドキしてるの?」

「そっちこそ顔真っ赤だけど?俺のこと言ってる場合か」

「あなたの顔だって……あなたの、顔だって」

「……………………………」



莉愛は、濁りのない真っすぐな目で蓮を見つめ続ける。


その視線に耐えられなくて、蓮はすぐさま顔をそらした。それでも莉愛は目を離さずに、ずっと蓮を見つめ続ける。


大好きだった男の子。


自分のすべてを知っている男の子。すべてをあげた男。自分を一番よく理解してくれるけど……運命ではない人。


でも、未来の旦那様になるという夢を見ているせいで、余計に調子が狂ってしまう。


諦めようとしたのに。距離を置こうとも、したのに。



「……なんで、来たの。バカ」



こんな意識するような反応をされると、どうしても期待してしまう。


まだよりを戻せるのではないかと。毎日のようにキスをしていた、あの時に戻れるんじゃないかと。


でも……いや、ダメ。蓮は私よりもっともっと、素敵な女の子に出会わなきゃいけない。


私は、蓮を傷つけたから。



「……俺は、雷鳴ってるから。心配になってきただけ」

「きて、なにするつもりだったの?」

「……別に、なにかしようとして来たわけじゃないけど」

「ふうん、そっか」



……ああ、もうやだ。


なら、抱きしめてとか言いかけている自分なんて。昔みたいに抱きしめて欲しいと思っている自分なんて、本当にいや。


でも……でも。



「…………な、なら、抱きしめてよ」

「………は、は!?」

「なに、昔はよくしたじゃん。幼い頃にずっと……抱きしめてくれたじゃん」

「……………………」

「……今日、ずっと雨だって」

「……………………」



どうしても、我慢ができない。


莉愛は知っている。自分は連の前に立つと、理性の欠片も残らない衝動的な人間になってしまうと。


ただただ本能に突き動かされて、やりたい放題にやってしまう。


それが原因で別れたというのに、いまだにその癖は直せそうになくて。


そして、蓮も。



「……幼馴染は、友達だよな?」

「……うん。幼馴染は友達。友達は、幼馴染」

「それはさすがに暴論だろ?でも、まあ………」



そんな莉愛を全部受け入れて、甘やかして、その理不尽なところに好きを感じてしまう人間で。


だからこそ、二人は昔から仲が良かったのだ。二人はお互いの唯一で、かけがえのない存在で。


それは、恋人として別れた今になっても、変わらない真理のようなものだから。



「……分かった」

「……」

「昔みたいに、一晩中抱きしめてあげるから。だから、早く横になれよ」



莉愛は、そんな期待させるようなことを言う蓮を恨めしく思いながらも。



「……うん、わかった」



素直に、ベッドで横になった。

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