7話 相合傘がしたいけど
「一緒に住んでるって?」
「うん、そうだよ?」
「で、おまけに日比谷と一緒に結婚する夢まで見ていると」
「……何が言いたいの?」
「いやぁ~~~そうだね、うんうん」
莉愛の親友、
「で、結婚式はいつ?」
「いきなりなんで結婚式なの!?死んでもしないから!あいつと結婚なんか普通に無理だから!!」
「でもね?私、幼稚園の頃から10年近く莉愛の友達やってるじゃん?私が思うに、莉愛は日比谷とじゃないと結婚は無理だと思うの~~」
「勝手に私の未来を決めないで!大体、誰があんなヤツと……」
いやいや、言葉ではそう言いつつも顔が真っ赤だからね?莉愛。
やっぱりまだ好きだな~~思いながら、由奈はニマニマとした顔で莉愛を見つめる。
夏休みも残り少ない中、二人はスタバでフラペチーノを飲みながら話をしていた。
蓮と一緒に住み始めたという報告もかねて、莉愛は最近のモヤモヤを少しは晴らしたかったのだ。
「……あいつには、もっといい相手いるだろうし」
いやいや、日比谷も莉愛じゃないとダメでしょ、絶対に。
どうして気づかないのかな?周りの人はみんな気づいているのに、なんで本人たちは知らないのかな!?
由奈はもどかしい気持ちを押し殺しながら、何とか笑顔を保っていた。
まあ、他人の恋愛事情を眺めるのは好きだし。それも美少年美少女の二人なら、なおさらだし。
「大体さ、日比谷は大丈夫なの?」
「うん?なんで?」
「なんでって……別れたんだよね?莉愛はもうとっくに割り切ったって口先では精一杯主張しているけど、日比谷がどうなのかは莉愛にも分からないんじゃない?」
「口先だけじゃなくて、ちゃんと本当に割り切っているからね?まあ、あいつは……」
莉愛は、最近見せてくれた蓮の顔を思い出す。正直、昔とほとんど変わらないと思った。
頼もしくて、口がちょっとだけ悪いけど優しくて、くだらない話もよくする……そんな幼馴染。
「割り切ってる……と思う。少なくとも、私よりは」
「ふうん、そっか」
だから、莉愛はそんな蓮のことが少しだけ、恨めしくなった。
幼馴染として13年も積み重ねて、恋人としてはあんなに濃厚な1年を過ごしたというのに……もう訳知らん顔でいられるから。
あの男は、いつもそうだ。いつも器用で、私みたいに悶えたり思い悩んだりしなくて、割り切るのも早い。
自分だけが過去に縛られている気がして、どうしても気が重くなる。
そして、莉愛の顔が沈んでいくのを察知した由奈は、素早く話を切り替える。
「あ、そういえば病院にも行ってたっけ!ちょっと大げさな気はするけど。で、お医者さんはなんて言ったの?」
「別に、精神的な問題はなにもないと……鬱でもないし、ストレスを激しく感じたりもしていないし、平気な状態だと言ってた」
「なのに、あの夢をずっと見てるんだ?」
「……今朝も見たよ?娘たちと一緒にピクニックに行く夢」
……それくらいだともはや、運命なんじゃない?
その言葉をぐっと押し殺して、由奈はそっか~~と適当に相槌を打った。
こんなにも好きだから、早く自分に素直になればいいのに。
……でも、それができないから別れたんだっけ。
由奈は不器用な親友に苦笑を浮かべながら、キャラメルフラペチーノをもう一口啜った。
「……あっ、雨だ」
由奈と別れてからの帰り道。
突然降り始めた雨に、莉愛はしばしぼうっと立ちすくんでから素早く、近くのコンビニの軒下に入った。
間もなくしてザーザーと鳴るくらいに雨が激しくなり、莉愛はいても立ってもいられない状況になってしまう。
そのまま5分が経って、莉愛はとうとう痺れを切らしてしまった。
「ああ、もう」
スマホで天気予報を見ても、もう手遅れ。
降り出した雨は2時間も近く振り続けるようで、傘を買うお金も今はない。結局、雨に打たれながら帰らなきゃいけないってことになる。
どうしよう。そう困っていた時に、ふとある記憶が頭の中に浮かんだ。
「………蓮」
今はどうでもいい、本当にどうでもいい昔の話。
付き合っていたころ、莉愛はこういった状況を一度経験したことがあるのだ。
突然雨が降ってきて、どこにも行けなくなって。
今のようにコンビニの軒下で、ただただ突っ立って雨が止まないなとぼんやりしていた時。
ちょうどその時、魔法のように蓮が現れたのだ。
『……蓮?』
『大丈夫か?あんま打たれたりはしてないよな?』
電話もしてなかったのに、どこにいるのかも教えなかったのに。
蓮はピンポイントに自分を見つけて、一番欲しかった笑顔を称えたまま、同じ傘に入らせてくれた。
あの時の高揚感と幸せを、莉愛は未だに忘れていない。いや、忘れられない。
だから、ほんの少しだけだけど……願ってしまうのだ。
今は恋人でもなんでもないけど。でも、もしかしたら。
もしかしたら、あの時のような奇跡が起こるんじゃないかって――――
「莉愛?」
「……………」
………なんなの、もう。
できすぎでしょ、いくらなんでも。
「……どうやってここが分かったの?」
「時間で逆算した。白水と別れてから帰るってメールくれなかったら、たぶん見つからなかったかも」
「……どうして、このコンビニだと分かったの?」
「…………」
蓮は何も言わない。
ただ、約2年前の出来事を思い返しているように目を伏せた後、無言で莉愛に近づくだけだった。
その蓮の手には、自分がさしているのと違う、もう一つの傘が握られていた。
「ほら、帰るぞ?」
恋人じゃないから、相合傘なんかする必要はない。
分かっているのに、恨めしくなる。莉愛はもっともっと、蓮が恨めしくなった。
いつも平然とした顔をしている。いつも……大丈夫そうな顔をしている。
「……相合傘したいと言ったら、どうなるの?」
「まあ、そうなったら君の肩を濡らせることになるかな~~」
「ああ~~性格悪いな、本当に」
「ひっどいなぁ~~君のためにここまで走って来たというのに~~」
「……ありがとう、蓮」
莉愛は傘を受け取って、蓮は何を言えばいいか分からなくて、すぐに振り返った。
『……………………はあ』
でも、莉愛は知らなかった。
蓮も、自分と同じく昔の思い出を辿っていて。
『……相合傘、か』
自分に負けないくらい思い悩んで、苦しんで、それでも割り切ろうと踏ん張るっている事実を。
莉愛は、まだ知らなかった。
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